その愛の終わりに

確かに、前代未聞の醜聞ではあった。
社交界どころか、世間でこの事件を知らない者は誰一人いないだろう。

事件が起きた当初は、美都子は積極的に話題にはあげなかったが、興味深く見ていた。

女性がこのような主張を堂々とする時代がきたことに感慨深さを覚える一方で、その前衛的な考え方についていけない石頭達が何かしてこないか、他人事ながら心配もしていた。

案の定、柳原燁子が引き起こした事件のしわ寄せは各方面に行った。
彼女が尊い身分であったため、問題が複雑化し、いまだに解決はしていないらしい。

「何が自由恋愛だ、馬鹿馬鹿しい。だいたい、伊藤伝右衛門に落ち度はない。妾がいようが、女中に手を出そうが、よそで子供を作ろうが、そんなものありふれた話だし女が口を出すことじゃない。それに彼はちゃんと妻の面子を守っていただろう」

あの女は恩知らずだ、と冷たく吐き捨てる竜一に、近くの席からすかさず反論の声が上がった。

「竜一くん、そもそもこの縁組み自体が間違いだったのだよ。無学な成り上がりに、皇室に連なる高貴な方の相手が務まるわけがないだろう。聞けば、前妻も妾や養子の問題で頭を悩ませていたそうではないか。結婚前に精算を済ませなかったあちらにも問題があると言える」

男達の議論が白熱していくなか、美都子は白けた顔をしないよう必死であった。

柳原燁子の気持ちが、今の美都子には痛いほど理解できた。

男に責任は持たせず、女にばかり責任を押しつける世間の愚かさも、愛した人のためにならすべてを捨てる覚悟も。

そしてもう一つわかったこと。
それは、義直の同意がなければ離縁は出来ないということだ。

白蓮事件も、夫の伊藤伝右衛門が最終的には離縁に同意したから落ち着いたのであって、もし彼が離縁しようとしなれけばさらに泥沼化していただろう。

すべてを捨てる覚悟なら、とうにある。

しかし、山川に迷惑をかけないためには、穏便に事を済ませなければならない。

それまで義直を避けることしか考えていなかった美都子だが、彼が帰宅したら話し合うことを決意した。

彼は理性的な人間であるし、先に離縁のきっかけを作ったのはあちらである。

離縁に応じてくれる可能性も、低くはない。

< 51 / 84 >

この作品をシェア

pagetop