その愛の終わりに

忘れ物が無いか確認し、美都子は親戚の子供二人を伴い、東京大神宮へ出かけた。

二人とも数えで十歳であり、もう手がかからない年である。
女中も下男もついてこなかったことにほっとし、美都子は鳥居をくぐった。

まっすぐ拝殿へ向かう途中で、山川らしき人がいないか周囲を見渡した。
元旦ということもあり、普段よりも人で溢れている。

立ち並ぶ参拝客達の中にも、彼の姿は見つからない。

普段から参拝客が多い東京大神宮である。
もしかしたら、絵馬を見つけることが出来なかったのかもしれない。
あるいはすでに、社務所の前にいるのかもしれない。

不安に駆られる美都子の心中など知らない子供達は、我先にと拝殿前の行列に並んでしまった。

子供達から離れないようすぐ後ろに並び、順番を待つ間も、美都子の目はあちこちをさ迷った。

とうとう賽銭箱の前まで来てしまい、一旦気持ちを切り替えて手を合わせる。

(どうか、山川さんと会えますように。夫と離縁できますように)

自分ではわずかな時間と感じていたが、どうやら随分長く祈っていたらしい。
子供達が、叔母さんまだ？と声をかけた。

「すっごく長いお祈りだったけど、神様に何をお願いしたの？」

不思議そうに尋ねる一人に、美都子は柔らかく微笑んだ。

「今年も家族みんなが幸せでいられるよう、お願いしたのよ」

息を吸うように自然と吐き出された嘘を信じた子供達は、得心した様子だった。

ずきりと胃が痛み、美都子は咄嗟に右手で腹を抑えた。

きっとこれは、神聖な領域で公然と嘘をついた自分に、神々が与えた罰なのだ。

純粋無垢な子供達に嘘をついてまで、夫でもない男を追いかけることがどれ程浅ましいことか。
忘却の彼方へあった羞恥心、罪悪感が再び戻り、胃痛となって美都子を苛む。

山川に惹かれた気持ちに嘘はない。

しかし、家庭を壊してまで欲しいものなのか？
義直に浮気されていたため、やり返そうとしているだけではないのか？

一つ疑問が浮かぶと、また一つ浮かび、美都子は自分の気持ちに疑いを抱き始めた。

まっさらな状態から始まったわけではないこの気持ちは、果たしてどこまでが本物なのか。

おみくじを買いに行った子供達を待ちながら、絵馬の前で美都子は自問自答した。

私は女でありながら誇りを高く持っている。
矜持を傷つけられた腹いせに、山川さんとの恋に浮かれているのかもしれない。

それを否定する材料はどこにあるというのか。
少し冷静にならなければいけないと考えた、その時であった。

人混みの中から、見慣れたシルエットが現れた。
黒曜石のような艶やかな瞳が美都子を捉え、二人の視線が絡まった。