その愛の終わりに
弐
空が白みはじめた頃、美都子の寝室の扉が開いた。
義直は若い下男を残し、他の使用人はすべて休ませていた。
寝室から出てきた医者の表情は暗い。
「残念ですが、流産です………転んで、わき腹を打ったのが原因です」
なぜ転んだのか、美都子の左頬を見れば理由は明らかだが、医者はそのことについては言及しなかった。
その代わり、義直を見る目は冷たかった。
医者が帰ったあと、意識を失いベッドに横たわる美都子の寝顔を見ていると、じわじわと居心地の悪さが込み上げてきた。
別れることになってもなお、幸せを祈ってもらえる山川が羨ましかった。
そんな風に山川を愛する美都子のことが憎らしかった。
結婚して二年間共に生活を営んだ自分よりも、出会って三ヶ月ほどしか経っていない山川のほうが、美都子のことを知っているようで怖かった。
嫉妬のあまり、美都子を殴った。
山川のことしか考えていないあの頭に自分をねじ込むには、それしかないと思ったのだ。
「この結婚は間違っていたのかもしれないな……」
ぼそりと呟くその声に応える者はいない。
やがて朝日が差し込む頃、美都子の寝室の扉が控えめに叩かれた。
「誰だ?」
「お雪です。旦那様」
「入れ」
夜通し動き回って無理が祟ったのか、お雪の顔色は酷くくすんだ土色になっていた。
「旦那様、この事は大奥様になんと説明いたしましょう?」
「機嫌が悪かったから……では説得力がないな。酒に酔って殴ったことにしよう」
「でもそれでは……!」
まるで義直が悪いみたいだ、とお雪は言いたかったのだろう。
だが実際そうだ。
「この流産の責任は完全に俺にある。美都子の不貞もだ」
それ以上は言うことがなかった。
義直の意思の固さを見て、お雪は口をつぐんだ。
目に涙をためている彼女を下がらせ、義直は母親が怒鳴りこんでくるのを一人待った。