好きだと言ってほしいから
「でも、確かお前、総務に彼女いたよな? どうすんだよ。早くても向こう二年は戻ってこられないだろ。中国、台湾、ワシントン……あとどこだっけ?」

 声の主がうーんとうなっているのが分かる。立ち止まっていた私はそこから動けなくなった。思いがけず自分が話題に出たこともあるが、それだけじゃない。

 持っていたクリアファイルを意味もなく抱きしめる。鼓動が早鐘を打ち始め、血流が耳の奥でごうごうと唸り声を上げた。

「……アリゾナだ」

 溜息と共に吐き出されたのは紛れもなく逢坂さんの声。彼の声も、溜息も、この二年間何度も聞いてきたからよく知っている。

 二年は戻って来られないって何? 中国、台湾、アメリカ……ってどういうこと? 逢坂さんはそこへ行くの? 逢坂さんと一緒にいるこの人は『念願かなった』と言っていた。そして逢坂さんは頷いた。それは逢坂さんが自らそれを望んでいたということだ。私は何も聞いていない。目の前の光が少しずつ消え始めていくような錯覚を起こす。

「全部順番に回るんだろ?」

「そういうことになるな」

「あー、じゃあやっぱりあれか。連れてくつもりだろ。お前も二十六だったよな。まぁ早いっちゃ早いけど、結婚するならタイミング的にはちょうどいいよな。家庭持ちの方が信頼も得やすいし」

 その言葉に、私の心臓がまたひときわ大きく跳ねた。結婚! 私と逢坂さんが結婚? どうしよう。何だかますます声を掛けづらい雰囲気になってしまった。今さらうまく立ち去ることも出来なくて焦ってしまう。立っている足が震えて緊張がマックスになってきた。

 だけど震える足と緊張の原因はすぐに別の理由に摩り替わってしまった。
 逢坂さんが言った。ゆっくりと。そして、はっきりと。
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