好きだと言ってほしいから
「いや、彼女は違う。そういうんじゃないんだ。結婚とかそんなこと、彼女とは……」

「え、そうなのか?」

「ああ。そうだよ」

「そうなんだ、俺はてっきり……。ま、まあ、あれだよな。色々あるもんな。そーいうのは二人の問題だよな。変なこと言って悪かったよ」

「いや……」

 逢坂さんが言葉を濁す。私は相変わらず立ち尽くしたままだ。
 以前、逢坂さんが人事部に呼ばれていたのは、やっぱり異動の件だったのだ。

 逢坂さんは優しいからきっと迷っているのだ。そして考えている。この話を私にどう切り出すかを。どう説明するかを。私が少しでも傷つかないでいられる方法を……。彼はきっと考えている。

 だから偶然とはいえ、こんなところで立ち聞きしていい話じゃない。逢坂さんが考えた末に、私に話してくれるのを待たなければいけない。私は彼に気づかれないように、今すぐここを去らなければいけない。

 だけどどうして? 私の足は動いてくれないし、体に力が入らない。持っていたクリアファイルがするりと腕をすり抜けた。パサリとファイルが落ちる音がする。
 パーティションの向こうで人が動く気配がしたと思ったら、すぐに戸惑いがちに声を掛けられた。

「……麻衣? どうして……」

 ちらりと声がした方を見る。案の定、呆然とした表情の逢坂さんがパーティションの端に立ち尽くしていた。

「あ、じゃ、じゃあ、俺、先戻るな。……悪いな、逢坂」
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