好きだと言ってほしいから
 駅前の目的の店が入っているテナントビルの前。俺は車を路肩に停めるとすぐにエレベーターへと向かった。古びたこのビルには小さなエレベーターが一基あるだけだ。回数表示を見上げると、たった今、上へ向かったらしい。俺はまた悪態をついた。

 くるりと体を翻し、薄暗い汚れた階段へと向かう。俺に続いて車を降りてきた松崎さんが俺を呼び止める声が聞こえた。

「ごめん、俺は階段で先に行くよ」

 振り向きもせず彼女にそう告げると、俺は階段を二段飛ばしで駆け上がった。店は六階だ。週二回のジムで鍛えてあるとはいえ、四階に着く頃には息が上がってきた。だけどそのまま六階へと急ぐ。階段を上りきったときにはハァハァと荒い呼吸を繰り返していた。俺はそのまま店の中へ駆け込んだ。

 カッと頭に血が上った。二人は奥にある、入り口から真正面の席にいた。四人用テーブルだというのに、麻衣の隣に座った平岡が彼女の肩を抱き寄せている。そして何故か、麻衣は泣いていた。俺の理性はそこでブチ切れた。俺は猛然と彼に掴みかかったのだ――。


「……んっ」

 俺の隣で麻衣が僅かに身じろぎした。頬にかかった長い髪をそっと払ってやる。するとほんの少し微笑んだようにも見えた。その白い肌のバラ色に染まった頬に、口付ける。

 可愛い麻衣。愛しい麻衣。俺の大切な君。

 いよいよ明日。俺たちは入籍する。君は正式に俺の妻となり、俺は正式に君の夫となる。これから君を守るのは俺の役目だ。俺は君を生涯愛し、幸せにすると誓う。だから君には俺の腕の中でいつまでも笑っていて欲しい。

 君の笑顔を守るためなら俺はいつでも頑張れる。そしていつか、守るべきものが増えたとき、俺たちはまた新しい幸せを手に入れるんだ。
 俺を光り輝く人生に導いてくれた君に、愛と敬意を込めて。
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