瑠璃子
推薦状
それから数日後。
施設に担任教師が訪問してくる。
さっそく園長室にお通しすると矢野と上岡は自己紹介する。

  この施設の園長を務める矢野です。

  園長の知り合いの上岡です。

  私、榊原君の担任Sです、
  今日はお忙しい所をお二人に面談ということで恐縮です。

担任Sはさっそく用件を切り出す。

  さて、榊原君の成績ですが、このところとても良いですね、
  このまま頑張っていけば試験は受かるものと思いますが、
  ただ、公立と違って私立の場合、
  父兄の説明会参加がとても大きな意味合いを持ちますで、
  お二人に是非とも説明会ご参加を願います、
  説明会とは言っても実質的には願書受付ですからね、
  それと日程に関しましては既に御渡した書類をご覧になられたかと思います、
  午前中は説明会と学校見学、午後から父兄への個別面談になりますが、
  この面談が非常に重要なウェイトを占めることを御認識ください。

担任はバッグから一通の封筒を取り出すと、

  これは推薦状です、面談の際、願書と一緒に面接官にお渡しください。

担任から手渡された推薦状を手にしたQはしげしげと眺めまわす。

  その書類は絶対に開封なさらないよう注意してください、
  そのまま相手の面接官にお渡しください。

担任Sはそのほか幾つかの注意事項を伝えると帰っていく。
推薦状を手にする矢野は、

  なんや、エライもん預かってしもうたようでんな。

矢野から推薦状を手にする上岡も感心しながら、

  いや、瑠璃子ちゃんは大したものですね。

  ホンマや、わしなんか推薦状なんか貰ったことないで、
  まぁ、それでも何とか学校受かっりよったが・・・。

数日後、父兄説明会の日がくる。
その日ばかりは上岡も矢野もスーツに身を包む。
タクシーで降り立つ上岡と矢野は、モダンな建物に思わず目を留める。

  なんや、まるで美術館みたいでんな・・・。

  本当ですね、これが学校とはとても思えない。

感心しながら校舎を眺める上岡と矢野、
そして駐車場には続々と高級車が入り込んでくる、
中には運転手付らしい高級車もやってくる、どうやら他の父兄らしい。
多くの父兄が高級スーツやドレスに身を包む、見るからに資産家らしい。
上岡は内心焦り出す、
学費を出すとは言ったもののいくらかかるか皆目見当がつかない。
上岡と矢野は受付を済ますと係員の案内で講堂へ行く。
学校の校庭は広く、テニスコートや陸上競技のコースがあり
その他のいくつかの建物が見える、
そして敷地のフェンスに沿うように並んだ白樺の木。
そんな校庭に目を取られながら歩いて行くと庭園の様な場所に辿り着く、
良く見るとそれはイングリッシュガーデンらしい、
そのガーデンを歩いて行き講堂に入っていく。
そこで学校の趣旨や沿革、行事、様々な学校の近代的設備をビデオで見せられていく、
それを見ているだけでも相当カネがかかりそうな学校に内心穏やかでなくなる上岡、
そして学校の費用に関する話になると授業料と設備費、
そして給食代込みで月4万五千円で、年間纏め払いも可能と言う、
上岡は学費が月4万五千円という話に内心ホッとする、
これなら他の私立校とたいして変わらない、
ところがそのすぐ後の説明で、
当校は御父兄から寄付金で学校のかなりの部分を賄っていると聞かされる、
月々の学費を抑える理由は成績の良い子なら
誰でも入れるようにするための計らいと説明する、
学費のことしか頭になかった上岡は寄付金のことなど想像もしなかった。
とてもではないが寄付金まで応じることはできない。
講堂での説明が終わると学校内の見学になる、
各教室は広く明るく空調が完備され全ての机の上には
一人一人にノート型パソコンが置かれている、どうやら授業で使うらしい。
黒板は大きく、しかもスイッチ一つでスクリーンが降りると
すぐさま視聴覚教育が可能となっている、
また他の教室ではいくつもの丸いテーブルとそれを囲むモダンなソファ。
ここでは実際の英会話を訓練する教室で、
何人かの外国人講師とテーブルを囲みながら生徒がネイティブな英会話を訓練するという、
音楽教室に行けばそれはまるでちょっとしたコンサートホールだ、
そしてイーゼルが並ぶ部屋は美術室、生徒一人一人にイーゼルが付く、
また、設備の整った体育館と屋内プールを一つにしたスポーツ施設、
素晴らしいの一言だ、図書室へ行けばそこは広くゆったりとした椅子にテーブル、
静かに流れるバロック音楽、目を見張るような豊富な蔵書、
そしてリラックスできるコミニュティラウンジにまるでカフェのような食堂、
ついでに洗面所はとても清潔で全てウォシュレットが完備され
その洗練された造りはさながらホテルのようだ、
また、食堂とは別にレストランの様な部屋がある、
洒落たテーブルクロスに品の良い皿とカトラリーが並んでいる、
ここではテーブルマナーを教えるための実習教場だという、
それも授業としての正規のカリキュラムに組まれ、
さらに茶道と華道が選択制の科目にもなっている、
そして学校と併設された幼稚園での母性の育成という一環から、
授業として子供たち遊ぶ科目まである。
どうやらこの学校は知的教育だけではなく母性の育成とマナー教育にも力を入れている。
この学校を一言でいえばお嬢様学校と呼べるだろう。
校内の清掃は全て専門業者が行い生徒は清掃する必要がないという。
このように学校内は廊下も各教室も全て設備が行き届き、
且つモダンでセンスよく清潔感がある。
学校内を一通り見学した矢野は溜息が出る。

  はぁー・・・、なんちゅう学校や、こないな立派な学校初めてや、
  わしが通った高校なんか戦前の古い造りで校舎なんかボロボロやった、
  それに教室は狭く空調なんかなかったで、そんな部屋にワシら押し込められておったわ、
  食堂なんか安っぽい定食屋そのまんまやったし、おまけに汚く臭い便所・・・。

上岡も同様だった、高校も大学も公立だった上岡にとって、
私立の学校というものがこうも違うものかと感嘆の溜息を漏らす。
矢野は心配そうに問いかける。

  上岡はん、大丈夫でっか? 
  なんやワシ、場違いなとこ来てしもうたような感じがして、どうもならん・・・。

それは上岡も同様、だが、上岡は言う。

  ハハハハハ、矢野さんらしくもない、こういう所へ来たらハッタリですよ、
  ハッタリかまして堂々とすればいいんですよ。

やがて昼になるとカフェのような食堂で昼食を取ることになる。
この学校の生徒が実際に食べている給食の試食である、
給食メニューは複数あり好きな食べ物を各自で選べる、
スープにサラダ、副食そしてメイン、ちょっとしたデザートまで付いてくる、
給食は全てカロリー計算され、体調や具合が悪い時は個別の食事まで用意してくれる、
給食用の食器はコンパクトにまとめられた機能的なデザインで
その食器に各料理を入れることができ、そしてパンがよければパン、
ライスがいいならライスと選択することもでき、
さらにコーヒーや紅茶、日本茶を選ぶこともできる。
適当なテーブルに座って給食を食べてみると、これがなかなか美味い、
これには他の父兄たちも満足な声を上げる。
給食を食べながらQが問いかける。

  ところで上岡はん、ワシちょっと気掛かりなんやが・・・。

給食を頬張る上岡は、

  気掛かり? どんなことですか?

矢野は周囲の父兄を見回しながら、

  いや、なんや、その・・・、こないな立派な学校で、
  はたした瑠璃子は上手くやっていけるんやろうか、そう思うてな・・・。

矢野の言葉に上岡も同様なことを考えていた、
学校の帰りにクラスの女子生徒たちに取り囲まれ嘲笑われ、
からかわれていた光景が脳裏を過る、
この学校でも同じことが繰り返されない保障はどこにもない、
だが、そんなネガティブな想念を振り払う上岡は、

  またまたそんな弱気なことを、さっき僕が言ったじゃないですか、
  ハッタリですよハッタリ、世の中ハッタリかましてナンボですよ、
  瑠璃子にも僕がハッタリを教えますから心配いりませんよ。

笑う上岡に矢野は尚も心配そうに、

  そうかのう・・・。

  そうですよ、僕に任せてください。

午後になると、コミュニティラウンジでの父兄面談に入る、いよいよ佳境だ。
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