瑠璃子
パトロンは雑誌記者
上岡は瑠璃子のパトロンとなって以来、度々施設を訪れるようになる。
瑠璃子の勉強を見てあげたり休日になれば息抜きに
いろいろなところへ連れ出すようになる、
それは瑠璃子への贖罪でもあり瑠璃子の心の中にある綺麗なものを失わせないためだった。
それは神を信じる純粋さ、いつか会えると思っている白馬の王子への想い・・・。
上岡は少しでもその想いに近いものを与えようと、
遊園地や映画、コンサートやそのほかさまざまなイベントに誘い連れていく、
そして帰りには施設の子供たちのために土産物を持たせた。
瑠璃子はそれがとても嬉しく、そして楽しかった。
瑠璃子は今まで誰かに誘われることなどなかった、
誰かが自分を連れて行ってくることもなかった、
だが、今は自分を誘ってくれる人がいる、
いろいろな所へ自分を連れて行ってくれる人がいる。
瑠璃子にとって上岡の存在は、いつしか心の中に生きる白馬の王子のように励ましとなり
心の支えとなり、そして未来に対する希望となっていく。
或る休日の日のこと、瑠璃子を連れ歩く上岡は、ふと、あることに気が付く。
それはあの万年筆を常に持っていることだった。

  瑠璃子ちゃん、キミはその万年筆がよほど好きなんだね。

瑠璃子は。はにかみながら、

  この万年筆には本当に神様がいるの、
  わたしを先生に引きわせてくれた神様、
  わたしを学校行けるようにしてくれた神様、
  そしてこの万年筆をわたしにくれた人・・・。

両手で持った万年筆を胸に当てる瑠璃子、
その万年筆をあげたのが大学時代の上岡とは夢にも気が付かない瑠璃子、
上岡はそんな瑠璃子に笑みを浮かべる。

  そう、本当に神様はいるんだね、でも、それは君の大切な宝物だ、
  あまり持ち歩いて亡くすといけないから、大切にしまっておいたほうがいいよ。

瑠璃子は胸に当てた万年筆を見つめると、

  はい、これからはそうします。

瑠璃子は懸命に勉強した、学校へ行けると言う希望が、
そして上岡の存在が瑠璃子を励まし続けた。
或る日、上岡が施設へ向かう途中、偶然にも学校帰りの瑠璃子を見かける、
声を掛けようとしたが数人の女子生徒たちと一緒なため控えることにした。
上岡はてっきり友達と一緒に帰るものと思っていたが、
数人の女子生徒たちが突然瑠璃子を取り囲む、
様子がおかしいことに気が付いた上岡は状況を見ていると、
女子生徒たちが絡み始めてくる。

  ねえ、あんた、М女子受けるんだって?

女子生徒の問いに俯き沈黙する瑠璃子。

  ちょっと、黙ってないでなんとか言いなさいよ。

  そうよ、こっちは聞いているのよ。

瑠璃子は顔を上げると、
 
  そうよ、わたしはМ女子を受けるのよ。

すると取り囲む女子生徒たちは、吹き出すように嗤いだす。

  アハハハハハ、みんな聞いた?

  М女子受けるんだって!

  アハハハハハ、ああ、おかしい!

嘲笑う女子生徒たちに瑠璃子は毅然と言う。

  なにが可笑しいの! 
  わたしの成績なら大丈夫だって先生から聞いたのよ!

嗤い続ける女子生徒たちは、

  そりゃあそうだけどさぁ・・・。

  なら、なぜ嗤うの!

すると一人の女子生徒が、

  あんたさぁ、成績が良ければМ女子に行けると思ってるんなら間違いよ。

  どうしてよ!

瑠璃子の問いに女子生徒たちは嗤いながら、

  あんたМ女子って私立よ、私立はおカネがかかるのよ、ワカる?

  そうよ、あんたみたいな施設暮らしの子がどうやって入学金払うのさ。

  あんたに入学金払えるの?

  そうよ、どうやって払うのよ!

  フフン、援助交際でもする気?

唇を噛みしめる瑠璃子は拳を握りしめながらじっと聞いている。

  仮に払えたってさ、М女子はお嬢様学校よ、
  あんたみたいな施設暮らしの親ナシなんか誰も相手にしないわよ。

  キャハハハハハ!

上岡は女子生徒の差別的な言葉攻めに憤りを感じ始める、
そして笑いながら同性を痛めつける女の子の嫉妬と残酷さに眉を顰める。
すると一人の女子生徒が瑠璃子の着ている制服の胸ポケットに手を伸ばすと
何かを取り上げる、それは瑠璃子が宝物にしている万年筆だった。

  あ、何をするの!

取り返そうとする瑠璃子の手をからかうように遮ると、

  あんたいつも制服に万年筆挟んでいるけど、
  こんな使い古しの万年筆持ってМ女子行く気?
 
  アッハハハハ、おかしい!

  返して! それは大切な万年筆なのよ!

  フン、返してほしけりゃ取って御覧なさいよ、ほらっ!

女子生徒は嗤いながら取り上げた万年筆を他の女子生徒にパスすると代わる代わるにバスしていく。

  返して!

  アハハハハハ、ほらほらっ!

からかうように代わる代わるに万年筆をパスしていく女子生徒たち、
それを見ている上岡は流石に黙っていられなくなる、
かといって相手は女の子だ、あのときのガキどものように
蹴散らすわけにも張り倒すわけにもいかない、
上岡は一計を案じると瑠璃子を取り囲む女子生徒たちに静かに接近していき、
パスし合うタイミングを計るとダッシュで女子生徒たちの間に割り込み、
万年筆をキャッチする。
突然割り込んできた上岡に驚く女子生徒たち。

  さぁ、取ったぞキミたち、返してもらうよ、フハハハハハ!

笑顔で万年筆を手にする上岡、それを見た瑠璃子は思わず、

  先生!

驚きの声をあげて上岡の傍に駆け寄る、
すると瑠璃子の言葉を誤解したのか女子生徒たちは
てっきり上岡を教師と思い込んだらしく怖気づく。

  キミたち、人が大切にしている物を
  からかいの対象にするのは良くないな、そうだろう?

上岡は手にした万年筆を一人一人の女子生徒たちの顔に突きつけていく。

  それに、差別的な言葉も良くない、ええ? そうだろう?

女子生徒たちの顔を一人一人覗き込んでいく、
すると女子生徒たちは後ずさりすると一斉に逃げていく。
それを見る上岡は、女子生徒たちの他愛なさに笑いだす。
上岡は取り返した万年筆を瑠璃子に反してやる。

  はい、キミの大事な宝物!

  あ、ありがとう先生!

笑顔で礼を言う瑠璃子に上岡は尋ねる。

  さっきの子たちは同級生かい?

  はい・・・。

  いつもあんな感じかい?

コクリと頷く瑠璃子は手にした万年筆を胸に当てながら、

  でも、わたしは気にしていない、わたしにはこの万年筆がある、
  わたしの願いを聞いてくれた神様がいる、そして・・・。

瑠璃子は上岡をチラリと見るとはにかむように、

  先生がいる。

甘えるように身を寄せる瑠璃子、
そんな瑠璃子が可愛くなると思わず笑みが浮かぶ、
そして上岡は腕を瑠璃子の肩に回すと、

  そうだ、キミには願いを聞いてくれる神様がいる、だから負けずに頑張るんだ!

上岡はコクリと頷く瑠璃子の肩を抱き寄せ施設へ送っていった。
それから数日後。
授業が終わった瑠璃子は帰り際に担任教師から職員室へくるように告げられる。
何だろうと思いながら職員室へ入ると担任教師が手招きする。

  榊原くん、キミはM女子高等学校を志望していたね?

  はい。

  そのことで伝えたいことがあるんだ。

担任教師は机の中からA4サイズの封筒を出すと、

  この中には近々M女子で催される父兄説明会の案内状が入っている、
  帰ったらこれを園長先生に渡すんだ、いいね?

  はい。

  それから、その件で一度、園長先生に会ってお話したいことがあると伝えてくれ、
  その際、学費を出してくれるという人にも同席するように伝えるんだ、いいかい?

  はい、判りました。

担任教師から書類を手渡された瑠璃子は、それを持って施設へ帰っていった。
夜半、上岡は取材した情報を記事にするため原稿をパソコンで作成していると、
自室の電話が鳴り響く。
こんな夜に誰だろうと訝りながら電話に出る。

  はい、上岡です。

  あ、先生、今晩は、夜分どうも。

  なんだ、マリーか、なに?

  うん、先生、最近すっかりご無沙汰しているから、
  どうしたのかなって思って。

  なぁんだ、そんなことか、ハハハハハ。

  そんな笑ってないで、どうしたの先生? 
  瑠璃子ちゃんばかり可愛がってないで、
  たまにはお店の女の子も可愛がってよ。

  アハハハハハ、そうね、ただ、いろいろと忙しくてね、で、要件はなに?

マリーは園長からの託を伝えてくる、瑠璃子の志望する学校での父兄説明会参加の件だ。

  あ、そう、担任の先生が僕も? うん、わかった、是非参加するよ。

  大切なお話らしいからしっかりお話を聞いてあげてね。

  ああ、解ってるとも、あ、そうだ、マリーも一緒にどう?

  あたしは遠慮しとくわ。

  なんで?

  だって、あたしの商売考えたら出るわけにいかいなわよ。

  なんだそんなことか、テキトーなこと言っておけば判りはしないさ。

  そうはいかないわ、もし本当のことがバレたら、
  あたしはともかく瑠璃子ちゃんが困ることになるじゃないの、
  だからあたしは遠慮する。

  そう・・・。

  後でお話聞かせね、楽しみしているから!

マリーは電話を切る、
なるほど、マリーにしてみれば自分の商売が露見した場合、
瑠璃子へのダメージを回避するためには、身を引くしかないのかもしれない。
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