瑠璃子
援助交際の理由
上岡は優しく問いかける。
せめてもの償いだ、自分にできることがあるならなんとかしたい、
そんな気持ちで尋ねる。

  何か訳があるんだろうね、どう? よかったら話してくれない? 話によっては相談に乗るよ。

瑠璃子は俯きながら、

  え? ううん・・・。

迷いだし始める瑠璃子、すると、

  誰にも言わない?

  誰にも言わないよ、約束する。

瑠璃子は躊躇いがちに話し始める。

  わたしぃ・・・。

  なぁに? 話してごらん。

  わたし、学校に行きたいの。

  学校?

瑠璃子の言葉に拍子抜けする上岡。

学校? なんの話をしているんだ?

瑠璃子の話が見えない上岡は詳しく訊いてみようと問いかける。

  学校って、瑠璃子ちゃん学校に行ってないのかい?

瑠璃子はクスクス笑いながら、

  違います、学校はきちんと通ってます、わたし、進学したいんです。

  進学・・・? ああ、高校へ行くことかい?

コクリと頷く瑠璃子にようやく話が見えてきた上岡、だが上岡は怪訝になる。

高校へ行きたいから援助交際?
それが援助交際の理由?

理解できない上岡はもっと詳しい話を訊いてみたくなる。

  よく解らないな、なぜそれが理由なのかな? 
  ねえ、瑠璃子ちゃん、もっと詳しい話を聞かせてくれないか?

瑠璃子は話し出す。
天涯孤独の瑠璃子は赤ん坊のころに施設へと預けられる、施設の名は「希望園」という。
瑠璃子はその施設で育ち学校へ通っていた。
瑠璃子が中学生なったある日のこと、校外学習の一環として或る高校の学園祭に見学へ行く。
それは私立の女子高校でとても綺麗な校舎に花園、広いグランド、
そして近代的設備の整った各教室、瑠璃子は一目でこの学校が気に入ってしまう。
そしていつか自分もこの学校へ通いたいと思うようになる。
だが、この女子高はレベルが高く相当勉強しないと入学できないことを知る。
それを知った瑠璃子はそれ以来、今にもまして懸命に勉強を始める。
その甲斐あってか瑠璃子の学業成績はかなりなものになっていく。
あるときマリーが希望園にやってくる。
風俗店Lの店長マリー。
実は彼女はこの施設の卒業生であり店長になってからというものの
利益の一部を施設に寄付をするため時々訪れるようになる。
そして瑠璃子はマリーと知り合いになる。
勉強さえ続ければ入れると思っていた憧れの学校、だが、三年生になったある日のこと。
その女子高に入るためには多額の入学金が必要であり、そして月々の学費も高い、
とてもではないがおカネがなければ入れない、その現実に愕然とする瑠璃子。
だが、諦めきれない瑠璃子は思い切って園長に相談する、
園長は矢野という関西出身の初老の人物、瑠璃子の話を聞いた矢野は冷たく一蹴する。

  なんやて、高校へ行きたい? アホ抜かせ、そないなカネこの施設にあるわけないやろ!

  ダメでしょうか・・・。

  当たり前や、何を言うかと思うたらそんな仕様もない話し、さっさと寝たらんかい。

  でも・・・。

どうしても行きたいと懇願する瑠璃子に矢野ははっきりと告げる。

  瑠璃子、よう聞けや。
  お前の成績がいくら良くともカネがなければどうにもならんのや、
  それが世の中や、諦めるんや。
  
  ・・・・・。

諦めきれない様子の瑠璃子に矢野は、

  そないにに行きたいんやったら、瑠璃子、お前、自分でカネ稼げ、
  そのカネで学校でも何でも好きなところへ行ったらええ。

稼げと言っても一体どうやって稼げばいいのか判らない、瑠璃子は意気消沈し塞ぎこんでしまう。
ある日こと、学校の帰りに独り公園のベンチで塞ぐ瑠璃子にマリーが声を掛ける。

  あれ? 瑠璃子ちゃんじゃない、何してるのこんなところで。

  あ、マリーさん・・・。

挨拶も漫ろに塞ぎこむ瑠璃子、心配になったマリーは訳を訊いてみる。
瑠璃子から訳を訊いたマリーは、

  そう・・・、でも、それは仕方がないわね、なんたって世の中おカネだもね。

哀しい目で俯きマリーの言葉を聞く瑠璃子、そんな瑠璃子にマリーはなんとかしてやりたくなると、

  瑠璃子ちゃん、あたしがなんとかしてみるから元気出しなさいよ!

マリーの言葉に思わず顔を上げる瑠璃子、

  本当? 本当になんとかしてくれる?

マリーは笑顔で頷きながら、

  本当よ、だから今日はもう帰りなさい。

マリーは瑠璃子を抱き寄せながら施設へと帰っていく。
瑠璃子の話を聞いた上岡は胸が詰まる。

あの時の女の子が学校へ行くために体を売って金を稼ぐ・・・。
そしてその相手が自分・・・。
なんということだ・・・。

上岡は例えようのない不条理な偶然に嘆きたくなる気分に襲われ、そして瑠璃子がとても不憫に思えてくる。

  そう・・・、それで援助交際を始めたわけだね・・・。

コクリと頷く瑠璃子は、

  でも、わたしには神様がいる、この万年筆にお願いしたの、
  必ず学校に行けますようにって・・・。

瑠璃子の言葉に上岡は堪らない気持ちになる、そして思わずソファから起ち瑠璃子の手を
取ると抱き寄せる、突然抱き寄せられ驚く瑠璃子だが、髪の毛や背中への優しい愛撫に次
第に目を瞑る。
上岡は心に決める。

宝くじの当選金、それはこの瑠璃子のために使おう・・・。
それがせめてもの償いだ・・・。

上岡は瑠璃子を強く抱きしめると、

  そう、そうさ、神様はいる、必ず学校に行けるよ・・・。

耳元で囁く上岡に瑠璃子は、

  本当?

  ああ、本当だ、神様を信じるんだ・・・。

コクリと頷く瑠璃子の髪の毛を優しく愛撫する、
暫く愛撫を突けると瑠璃子がぽつりと呟く。

  わたし、本当のこと言うと、マリーさんが教えてくれたの・・・。

マリーが教えた? 何を言い出すのか咄嗟に判らない上岡は訊き返す。

  教えてくれたって、なにを教えてくれたんだい?

問い掛ける上岡の背中に腕を絡ませる瑠璃子は、

  自分でおカネを稼ぐ方法・・・。

瑠璃子の言葉に思わず耳を疑う上岡。

なんだって?
それじゃこの援助交際はマリーが教えたのか!

驚き愕然とする上岡はマリーに対する憤りが湧き起こる。

なんてことだ!
いくらかカネを稼ぐ方法を教えるからって、こともあろうに十五歳の少女に、
それもあの時の女の子に援助交際を教えるとは何事だ! とんでもない女だ!
それだけじゃない、マリーが教えたとするなら瑠璃子が手にしたカネをハネてるはずだ!

怒りで熱くなった頭は自分の所業など棚上げどころかどこかへ吹き飛んでしまう。

これはマリー独りでできる悪事ではない!
誰かと組んだ悪事だ、そうに決まっている!
そうか・・・、黒幕だ、黒幕がいやがる!

上岡は少女の弱みに漬け込み暴利を貪る黒幕に怒りが込み上げてくる。

マリーめ、戻って来たらとっちめてやる!

心に決める上岡は怒りを悟られないように瑠璃子を優しくソファに座らせると前回と同額を手渡す、
どうせ半分近くは黒幕、つまり闇商売の元締めに巻き上げられるに違いない。
瑠璃子は手渡された交際費に戸惑う。

  あの、何もしてませんけど・・・。

  そうかい? でも、さっきキミを抱いたじゃないか、今日はそれで充分さ。

  でも、それじゃ・・・。

困惑する瑠璃子に、

  ああ、いいんだ、いいんだ、
  それはキミの話しの聞き賃でもあるのさ、だからとっておきなよ。

怒りを心に秘めるものの瑠璃子のはにかむ笑顔に複雑な感情が胸を過る。
体を売ってまで学校に行こうとする瑠璃子、そんな瑠璃子が健気にも思えてくる。

瑠璃子に罪はない、瑠璃子はただ懸命に入学金を作ろうとしているだけだ。
ワルいのはマリーと闇屋の元締めだ!

上岡は瑠璃子に土産のチョコレートを手渡すと玄関から見送る。
ニコニコしながら手を振り去っていく瑠璃子、可愛いものだ。
上岡はリビングに戻らずそのまま玄関でマリーを待つことにした。
暫くすると玄関チャイムが鳴る、だが上岡はドアを開けない。
するとまたチャイムが鳴る。

入りたければ自分でドアを開けて入りやがれ、バカ女・・・。

憮然と呟く上岡はドアを開けようとしない、するとドアを開けて覗き込んでくるマリー。
マリーは上岡と目が合うと、

  なんだ、いたなら開けてくれればいいのに。
 
  ・・・・・・。

憮然と沈黙する上岡、マリーは玄関ドアから入ると例のサングラスを手渡す。
すると上岡はその手を掴むと捻りあげる。

  痛い! ちょっと、なにするのよ!
 
  うるさい、ちょっとこい!

上岡はマリーの捻りあげた手を掴みながら引きずるようにリビングへ連れて行く。

  そこへ座れ!

上岡は掴んだままマリーをソファへ抛り飛ばす、ドスンとソファに尻もちつくマリー。

  な、なによこれ! どう言うことよ!

  黙れ!

抗議するマリーを怒鳴りつける上岡、マリーは上岡の形相に首を傾げる。

  どうしたのよ、なに怒ってるのよ!

  うるさい! おい、マリー! お前はとんでもない女だな! 見損なったぜ!

  な、なによ、なんの事よ!

  とぼけるな! 瑠璃子に援助交際を教えたのはお前だろう!

マリーはギョッとする顔を見せると上擦るような声で、

  な、なに言ってるのよ、し、知らないわよそんなこと・・・。

  ウソをつくんじゃない、話は瑠璃子から聞かせてもらったんだ、
  いまさらとぼけるんじゃねえ!

  あっ!

思わず驚き声を上げるマリー、上岡はニヤリと笑うと、

  フッ、認めたようだな、で、マリー、お前、
  誰とつるんでこんなヤバい商売やってるんだ?

マリーは呆気に取られるように、

  しょ、商売? なんのことよ!

上岡は苦笑する。

  この期に及んでいつまで白を切る気だ? 
  おいマリー、お前、誰とつるんであの娘からいくらハネてるんだ?」

上岡の言葉に今度はマリーが怒りだす。
 
  は、ハネてるって、なによそれ! 
  あたしはあの子からビタ一文だってハネてなんかいないわよ、冗談じゃないわ!

  ウソを吐け、お前がハネていなくてもこの闇商売の元締めがハネてるんだろう、
  元締めは誰なんだ! 答えろ!

上岡の嫌疑にマリーは怒りを通り越し呆れてくる。

  あんた何言ってるの? バカじゃないの!

  なにを!

  フン、なにも知らないくせに、勝手な嫌疑をかけるんじゃないわよ!

ケツをまくり始めるマリーに上岡は睨みつけるように、

  僕をナメるなよマリー、こう見えてもジャーナリストの端くれだ、
  これをタレこめばマスコミは大騒ぎするぞ。いいのかよ!

上岡の恫喝に黙り込むマリー、上岡はソファに座り込むとタバコを取り出し一服する。

  さて、マリー、本当のことを聞かせてもらおうか、
  お前が黙っていたって僕がタレこめばマスコミが寄って集って全貌を調べつくすだけだ・・・。

マリーは大きく息を吐くと諦めたのか、

  判ったわよ・・・。

マリーは渋々話し出す。
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