瑠璃子
マリーの厳しい現実
それから数日後。
学校から帰宅する途中の瑠璃子にマリーは声を掛けると喫茶店へ連れて行く。
チョコレートケーキとコーヒーを奢るマリーは、例の話をし始める。

  ねえ瑠璃子ちゃん、この間のことだけど・・・。

なんのことか咄嗟に判らない瑠璃子はきょとんとする。

  この間のこと?

マリーは笑みを浮かべると、

  そう、おカネを稼ぐお話・・・。

マリーの言葉にハッと気が付く瑠璃子。

  あ、そのお話ですか!

目を輝かせる瑠璃子にマリーは静かに話し出す。

  瑠璃子ちゃんがおカネを稼ぐ方法ね、ひとつだけあるわ。

  え! どんな方法なんですか、教えてください!

身を乗り出す瑠璃子にマリーは躊躇いがちに話す。

  そうね、教えてあげてもいいけど、でも、瑠璃子ちゃんにできるかどうか・・・。

勿体ぶるマリーに瑠璃子は急かしだす。

  教えてください! わたし、学校に行けるならどんなことだってやります!

熱心に教えを乞う瑠璃子にマリーは一呼吸すると、

  そう、それなら教えてあげる、
  それはね瑠璃子ちゃん、お付き合いする事なの・・・。

  お付き合いすること? それでいいんですか? 
  それでお金を稼ぐことができるんですか? 
  やります! 是非やります!

狂喜する瑠璃子にマリーは内心首を捻る。

このコ、意味解っているのかしら・・・。

マリーは念のためもう少し詳しく話を聞かせる。

  あのね、お付き合いというのは男の人とお付き合いすることなの、解る?

  はい! 判ります、男の人とお付き合いすればいいんですね!

屈託ない笑顔で目を輝かせる瑠璃子にマリーは一抹の疑念が過る。

  ねえ瑠璃子ちゃん、男の人とお付き合いするって、
  それ、どう言うこと事か解ってるわよね?

  いいえ、どんなお付き合いすればいいんですか?

あっさり即答する瑠璃子にマリーは内心溜息が出る。

やっぱり解ってないわ、このコ・・・。

どうやら瑠璃子は学校の成績はいいが、
世情に疎く何も知らない晩熟らしいと判ったマリーは、

  ちょっと、込み入ったお話になるから、あたしに着いてきて。

マリーは瑠璃子を喫茶店から連れ出していく。
そしてその途中でマリーは何を考えたか書店へ寄る。

  ねえ、瑠璃子ちゃん、あたしちょっと買うものがあるから、ここで待ってて。

  は、はい。

なぜかマリーは瑠璃子を書店の外で待たせると、
洋書コーナーへ行き密かに『輸入雑誌』を購入する、

  ゴメンね、瑠璃子ちゃん、用が済んだから行きましょう。

マリーは瑠璃子を公園へ誘い込みできる限り人気のいない場所へと連れていく、そして適当なベンチに座ると、

  瑠璃子ちゃん、さっきのお話だけど、
  お付き合いがどういものか本当に解らないの?

  わかりません、どんなお付き合いすればいいんですか、教えてください。

屈託ない幼顔の瑠璃子にマリーは溜息をつく。
マリーは考える、なにも解ってない晩熟の瑠璃子、
そんな娘にこんなことを教えることは酷な話しだ、
だが、これを教えなければ瑠璃子は何時までも甘い夢を見続けていく。
何も知らないなら知らないでいい、この際だから現実の厳しさをハッキリと教え、
目を覚ましてやったほうがいい・・・。
そう考えたマリーはバッグから書店で買った『輸入雑誌』を取り出す、
それは外国の無修正アダルト雑誌だった。
パラパラとページを捲ると適当な画像に目を留めるマリーは、

  瑠璃子ちゃん、男の人との交際って言うのはね、
  こう言うことをするのよ、解る?

マリーは手にしたアダルト雑誌の画像を瑠璃子に見せる。
それはノーカットの露骨なセックスシーンを激写したものだった。
その過激な画像を見せられた瑠璃子は思わず息を飲む。

  !!

絶句し画像から目を離せない瑠璃子、そしてマリーは冷ややかに言う。

  その画像を良く見なさい、瑠璃子ちゃんがおカネを稼ぐにはね、
  これをしていくしかないのよ、
  これが男の人と交際をするという意味なのよ、解った?

交際の意味を知った瑠璃子は、わなわなと体を震わせ画像から目を背ける、
だがマリーは言う。

  あなた、さっき言ったわよね? 
  学校へ行けるならどんなことでもやりますって、
  だったらこれもできるわよね?

目を背けた瑠璃子に画像を突きつけるマリー、

  イ、イヤ、イヤ・・・。

突きつけられた画像に瑠璃子は堪らなくなり、

  イヤァッ!

叫ぶような声を上げると耳を塞ぎながらベンチから飛び出していく。
マリーは静かに瑠璃子の挙動を見つめる。
耳を塞ぐ瑠璃子は立ち止まるとその場に蹲る。

  そ、そんな・・・、イヤ、イヤよ! わたし・・・そんなのイヤ、できないわ!

やがてシクシクと泣きだす瑠璃子。
無理もない、世情に疎く晩熟な娘に
こんなことを教えれば誰だって耐えられない。
しかし、マリーは敢えて心を鬼にする。

  良く聞くのよ瑠璃子ちゃん、
  年端もいかないあなたがお金を稼ぐにはこうするしか方法がないのよ、
  もし、これができないというなら、残念だけど学校は諦めるのね、
  そして施設の他の子たちと同じように中学を卒業したら働くの、判った?

体を震わせ泣き続ける瑠璃子、そんな瑠璃子に正直マリーは心が痛む、
だが、これが現実だ、これが世の中だ・・・。
瑠璃子のためにカネを出す者など誰もいない・・・。
誰もいないなら自分で稼ぐしかない・・・。
稼ぐにはどうするか・・・。
その厳しい現実を教えていくしかない・・・。
マリーは泣き続ける瑠璃子に告げる。

  もし、あなたが本当に学校へ行きたいなら覚悟を決めなさい、
  覚悟を決められないなら諦めること、でも、もし覚悟を決められたら、
  その時にはあたしのところへ来なさい、悪いようにはしないわ・・・。

そう言い残すと、蹲り泣き続ける瑠璃子を独り後にして去っていく。
独り取り残された瑠璃子は泣き続ける、いくら泣いても誰も助けてはくれない、
瑠璃子は諦めるように力なくその場から起つと項垂れながら歩き出す。

・・・年端もいかないあなたがお金を稼ぐにはこうするしか方法がないのよ・・・。
・・・これができないというなら、残念だけど学校は諦めるのね・・・。

瑠璃子の心にマリーの言葉が反復されるたびに涙が流れてくる。

イヤ、イヤよ・・・。
お金のために男の人と・・・。
そんなのイヤ・・・。
イヤよ!

心の中で叫ぶ瑠璃子は泣きながら走っていく、
誰も手を差し伸べてはくれない世の中、
冷たい世の中、そして何もできない自分、どうにもならない現実・・・。
施設へ駆け戻った瑠璃子は周囲への挨拶もおろそかに部屋に走り込むと、
制服のままベッドに潜りこみ嗚咽する。
絶望とやるせなさが瑠璃子の心を締め付けていく。
布団の中で万年筆を手にする瑠璃子の心にあのときの言葉が浮かんでくる。

・・・辛い時や悲しい時、挫けそうな時にこの万年筆にお願いするのさ、
   きっと神様が願いを聞いてくれる、そして頑張るんだ!・・・

涙で霞む万年筆に瑠璃子は問う。

どうして、どうして神様は助けてくれないの・・・。

万年筆は何も答えない、瑠璃子の心をじっと見ているだけだ。
そして瑠璃子の心に浮かんでくる言葉。

嘘・・・。
神様なんて嘘・・・。
神様なんかいやしない!

瑠璃子はベッドから跳ね起きると手にした万年筆を感情任せに窓から投げ捨てようとする、
だが、心の中の声が瑠璃子を思い留まらせる。
捨ててはダメ、捨てても何も変わりはしない、
そんな声が聞こえるような気がしてくる。
瑠璃子は振り上げた手を静かに降ろすして万年筆をじっと見つめる。

泣いたってどうにもならない・・・。
嘆いたってどうにもならない・・・。
冷たい世の中を恨んでもどうなにもなりはしない・・・。
学校へ行きたければ自分でお金を稼ぐしかない・・・。
男の人と交際するしかない・・・。

瑠璃子は次第に諦めていく、そして覚悟を決め決心する、
瑠璃子は手にした万年筆を見つめながら願う、
交際と言う代償の代わりに学校へ行けることを・・・。
だが、この決心が瑠璃子に思いがけない幸運をもたらし、
そして閉ざされた未来への扉を開いていく。

次の日のこと。
所要で出かけるマリーは後ろから呼び止められる。
誰かと思い振り向くと、そこに瑠璃子が立っている。
俯きチラチラとマリーを見る瑠璃子。

  あら、瑠璃子ちゃん、なぁに?

  ・・・・・・。

無言のままチラチラとマリーを見る瑠璃子、所要で急ぐマリーは、

  なぁに、用があるならさっさと言って、あたし急いでいるのよ。

瑠璃子は意を決したかのようにマリーを見つめると、

  あの、わたし・・・。

  何よ、言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ。

  わたし! 覚悟決めました!

瑠璃子の言葉に一瞬驚くマリー、だがすぐに平静を装い、

  そう・・・、本当に覚悟を決めたの?

  はい。

  ウソじゃないでしょうね?

  ウソじゃありません!

マリーは唇を噛みしめる瑠璃子に笑みを浮かべると、

  判ったわ、それならあたしに着いてきなさい。

瑠璃子はマリーの後に従っていく・・・。
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