瑠璃子
上岡の追究
マリーの一通りの話しから瑠璃子が全てを話したわけではないことが判ってくる。
話したくないこともあったようだ、だが、マリーの話が本当のところだろう。
それにしても驚くというより呆れる話だ、中学生に援助交際を教えるマリー、そして施設の矢野,
さらにオーナーまでが絡んでいるとは!
どんな理由があるにせよ、いくらなんでもやり過ぎだろう。

  で、あの瑠璃子に援助交際のイロハを教えたというわけかい?

  まぁ、そんなところね。

悪びれもなくあっさり答えるマリーに上岡が呆れたように問う。

  それで、具体的に何をどう教えたんだ?

上岡の言葉にマリーは笑い出す。

  アハハハ、ヤラシイ事考えないでくれる? 
  教えたからって、何もそっちを教えたんじゃないわ。

  じゃ、何を教えたんだ?

  あたしの商売ってさ、突き詰めれば接客業よ、サービス業の一種よね。
  殿方のお相手をする接客サービス業よ、
  だからあたしはあの子に接客の基本を教えただけよ。
  お客様に失礼な言動態度はとらない、余計なことは聞かない、
  それから悲しい顔や暗い顔をしない、それだけよ。

  本当にそれだけか?

疑う上岡にマリーは笑いながら、

  本当よ、余計なことは何も教えていないわ、
  ともかくお客様の言う通りにすればいいと教えたのよ。
  目を瞑って人形のように身を任せればいいって教えたの、
  そんなこと先生が一番よく知ってることでしょ?

  う、うむ・・・。

マリーの言う通り、瑠璃子の『接客』は上岡が一番よく知っている。
マリーの話を聞いているうち怒りを通り越して呆れ果ててくる。
そしてマリーの話をよくよく考えれば自分は体の良い金蔓だということにも気が付いてくる。

なんてこったい・・・。

思わず空しい笑いが込み上げる。

  フハハハハハ、なるほど、僕を選んだ本当の理由が解ったよ。
  要するにお前は僕を金蔓にした、そういうわけだ・・・。

マリーは否定する。

  そ、そうじゃないわ!

  フン、なに言いやがる、あの娘に援助してるのは僕だろうが! 
  僕を金蔓に当て込んだことに違いはないだろう?

  ・・・・・・・。

言葉を返せないマリーは黙り込む。
上岡はソファーから腰を上げると、

  さて、案内してもらおうか。

思わず顔を上げるマリーは、

  あ、案内って、どこへよ!

  フン、とぼけなさんな、施設の責任者、矢野のところさ。

  だ、ダメよ、そんな!

  おいマリー、ここまでバレたんだ、いまさら何を隠したって無駄だろう?

  ・・・・・。

黙り込むマリーに上岡は、
 
  さ、行こうか・・・。

マリーの腕を掴み玄関まで行く。

  あっ、ちょっと!

腕を振り払うマリーは玄関に落ちたサングラスを拾い上げると、

  これ掛けてよ。

サングラスを手渡そうとするマリーに上岡は笑い出し、

  フハハハハハ、いまさらそんなもの必要ないだろう?

マリーの手からサングラスを取り上げると部屋へ放り投げる。

  さ、案内してくれよ。

上岡はマリーの腕を掴んだまま玄関ドアを開けると部屋を立ち去っていく。
いままでサングラスを掛けさせられていたため、
自分がどこをどう連れて来られたのかがまったく解らなかったが、
今は全てを見て取ることができる。
この場所は高層マンション群で形成された団地で名称はオリオンフェアストーリア。
団地の敷地を歩く上岡は建ち並ぶマンション群を眺める。
広大な敷地に何棟ものマンションが建ち並び広場には噴水やモニュメント、
大小さまざまな樹木が植林されている、さながら自然公園のようだ。

  しかし凄いもんだな、大規模マンションとはよく言ったものだ。
  こんなに規模が大きければ、この中の一室で
  援助交際したって誰にも判らないな、
  お釈迦様でも聞か着くまいとはこのことだな。

上岡の話に沈黙するマリー。

  流石はマリーだ、目の付け所が違うね、感心するよ。

  褒めたって何にも出ないわよ。

憮然と答えるマリーに上岡は苦笑しながら、

  いいさ、矢野のところへ案内してくれりゃあ・・・。

上岡は敷地外に出るとタクシーを見つける。

  おっ、丁度いい、あのタクシーで行くか。

するとマリーは笑う。

  フフッ、タクシーなんか必要ないわよ。

  ん? 何で。

怪訝に問う上岡にマリーは答える。

  歩いて行けるわよ、ついてらっしゃい。

マリーはスタスタと歩き出していくと上岡はその後をついて行く。
大規模マンションに隣接する森林公園。
それに沿って伸びていく広めの歩道を数分歩く。
そして密集する住宅街へ入っていく。
瑠璃子の施設『希望園』はその住宅街の中に在る。
足を止めるとマリーは建物を指し示す。

  ここよ。

上岡はマリーが指し示す方向を見る。
するとフェンスで囲まれた敷地の中に白い2階建ての鉄筋コンクリート構造の建物が目に入る、
一見すると幼稚園か保育園のようであり、だいぶ築年数を経ているらしい。
マリーはフェンスに設けられたゲートから敷地内入る、
あまり広くはない敷地内には、数本の樹木が植えてあり大小の花を咲かせる花壇が並ぶ、
その花壇に数人の職員らしき者とホースで水を撒く一人の作業着を来た老人が目に入るとマリーは、

  あの人が矢野さん、ちょっと待ってて。

マリーは矢野に歩み寄ると挨拶し暫く何事かを話すと矢野は怪訝な顔で上岡を見る。
そしてホースを他の職員に手渡し建物の中に入っていく、
マリーは上岡に手招きすると矢野の後から立て物の中に入り上岡もその後に続く。
何時頃の創りだろうか、廊下の天井に走るボイラーのパイプが時代を感じさせる。
マリーは廊下のある地点で立ち止まると手招きする。
上岡が近づいていくとドアの表札に園長室と書かれている。
ドアは開いているらしくマリーが入ると後から来た上岡はドアの前で立ち止まる。
ソファに座る矢野が上岡をチラリと見ると、入室を促す。

  どうぞ。

  失礼します。

頭を下げ部屋に入ると上岡は矢野から座るように促される、
上岡が座るとマリーはドアを閉めて上岡の隣に座りこむ。 
上岡を一瞥する矢野は、関西訛りで話し出す。

  私はこの施設の責任者で矢野と申します。

上岡は名刺を取り出し矢野に手渡し、

  始めまして、わたしR出版社の記者をしている上岡と申します。

手にした名刺をしげしげと観る矢野、上岡は矢野を一瞥する。
矢野はごく普通の初老の人物であり、どう見ても闇社会と関わるような感じはしないし、
そんな雰囲気もない。
大抵の場合、悪事を働く人間はどんなに取り繕っても
どこか胡散臭さや嫌悪を感じさせるものだが、この人物にはそういった感じが全くしない。
だが、人は見た目とは違うもの、まさかと思うような人物が意外に闇社会と関わる場合がある。
長年のライター稼業からそうした人物を何人も見てきている。
矢野は名刺を手にしながらじっと上岡を見つめながら、

  ほう・・・、記者さんですか。

  はい、週刊誌のライターをやっています。

  ほほう・・・。

姿勢を変え始める矢野は、

  週刊誌の記者さんが、なんでまたここへ?

上岡は矢野を見つめながら、

  実は、ある事に関してお伺いしたいのですが・・・。

  あること? どないなことでっしゃろ。

  ええ、この施設に中学生がいますね?

  中学生? ええ、何人かいますけど。

  名前は榊原瑠璃子、現在、中学三年生ですが・・・。
 
  ああ、瑠璃子でっか、いますよ、確かにここいます、
  で、その瑠璃子がどないしました?

  ええ、ちょっと言い難い事なのですが、
  その瑠璃子と言う少女が、良からぬことをしているようでして・・・。

  はあ? 瑠璃子が? 良からぬことを? ほほう、これは初めて聞きますな。

上岡は内心で唾棄する。

ケッ! このジジイ、尤もらしい顔してとぼけやがって!

どうやら見た目と違い一癖も二癖もあるらしいと踏んだ上岡は、矢野の言動態度に注意し始める。

  で、なんでっしゃろ、その・・・、瑠璃子の良からぬことというのは?

あくまでもとぼけようとする矢野に、上岡は単刀直入に問い掛ける。

  瑠璃子という少女は、この近くの大規模マンションで援助交際していますね?

  ・・・・・。

驚くように上岡を凝視したまま黙り込む矢野。

  どうしました? 黙っていても判りませんよ、御存じなんでしょう?

  ・・・・・。

沈黙する矢野はチラリとマリーを見る、すると上岡はニヤリと笑い、

  やはりご存じなようですね? 
  矢野さん、とぼけてもダメですよ、既にこの件はバレてるんですよ。

じっと上岡の目を睨むように見つめ続ける矢野、
暫くすると矢野は視線をはずと居直ったかのようにソファにふんぞり返る、
それを見た上岡も遠慮なく態度を変える。

  ふん、なんや、どないな証拠があってそんなことを・・・。

  証拠ならここにいますよ。

上岡は隣に座るマリーの肩に手を掛け引き寄せると、

  これが証拠、マリーから聞きました、ことの一部始終をね・・・。

マリーをチラリと見る矢野は憮然とする顔で、

  ふん、なんのことかワシは知らんで・・・。

  またまたトボケちゃって。
  貴方がこの一件に一枚噛んでいることはバレバレなんですよ!

  知らんがな!

声を荒げる矢野、上岡はあくまで白を切り通そうとする矢野にかまかける。

  瑠璃子と言う少女の援助交際。
  これって少女が自分で考えて始めたことじゃないですよね?
  カネを稼ぐ方法と称して援助交際を教えた、それがここにいるマリー、
  そして矢野さん、貴方だ。
  ねえ、矢野さん、これって管理売春ですよね? いいんですか? 
  曲がりなりとも福祉施設の責任者たる貴方が管理売春に関与するなんて、
  どうなんですか? ええ、矢野さん? 
  これがマスコミにリークされたらどうなると思ってるんですか! 
  黙ってないでなんとか言いなさいよ!

畳み掛ける上岡に矢野の顔は青ざめ狼狽える。

  う、ううっ・・・・・。

だが、尚も口を割ろうとしない矢野に上岡はとどめの一撃とばかりに、

  で、矢野さん、あなたあの娘からいくらハネてるんです?

すると途端に眉を顰める矢野は身を乗り出しながら、

  なんやて! それはどういう言う意味や!

上岡の言葉に食って掛かり出す矢野、上岡は内心でニヤリと笑うと、さらに横柄な口調で問う。

  だからぁ、あの娘から何パーカネをハネてるかって訊いているんですよ!

矢野は一瞬絶句すると怒り心頭になったのか顔を赤らめ上岡に掴み掛る。

  な、なんやと! カネハネとるやと? ええ加減にせんかい、こらぁ! 
  誰がカネなんかハネるもんかい! 
  ワシら瑠璃子の稼ぎからビタ一文だってカネなんかハネとらんで! 
  人聞きの悪い事抜かすな、ボケェ!

上岡は掴み掛る矢野の手を放しながら笑みを浮かべると、

  ほほう、瑠璃子の稼ぎからね・・・、
  なるほどね、ところで瑠璃子という子は中学生ですよね?
  当然収入なんかありませんよね? 
  にも関わらずあの娘がカネを得ていることを何で知ってるんです?
 
  うっ・・・。

上岡の巧みな言葉にうっかり口を滑らした矢野は言葉を詰まらせる。

クククッ、引っ掛ったなジジイ、ざまぁ見やがれ・・・。

内心ほくそ笑む上岡は俯く矢野に静かに問い質す。

  矢野さん、言い加減に話してもらえませんか・・・。

ソファに蹲るように頭を抱えだし呻く矢野。

  う、うう・・・。

するとこの状況を見兼ねたのかマリーが口を挟む。

  矢野さん、もういいわよ、全てを話しましょうよ・・・。

矢野はマリーの言葉に顔を上げるとひっくり返るようにソファに座り込む。
< 9 / 14 >

この作品をシェア

pagetop