真夜中の恋人
ある夏の日、姉の彼氏が突然家に訪ねて来た。

名前はもう思い出せない。
覚えているのは、人当たりが良く爽やかを絵に描いたような人で、美人の姉とお似合いだったということだけ。

今まで何度か姉が家に連れてきた事もあって、わたしとも顔見知りだった。

この日、姉は外出していて、家にはわたし一人。

家にあげるのには、戸惑いがあったけれど、うだるような暑さの中、外で待たせるわけにもいかずに、わたしは彼を家へと招き入れてしまった。

リビングに通して良く冷えた麦茶を出すと、彼は「ありがとう」と微笑んで手を伸ばした。

けれど、その時に彼が掴んだのは、麦茶ではなくわたしの手首だった。
彼は意とも簡単にわたしを自分の腕の中に収めると、意味がわからずに放心しているわたしにキスをした。


「一目見た時から好きだった」と熱のこもった瞳でわたしに想いを告げた。


その言葉がもたらす本当の意味を、彼は理解していたのだろうかと今でも思う。

タイミング悪く姉が帰宅して、抱き合っている現場を見られてしまった。
正確に言えば、わたしが彼に組み敷かれていたのに、姉の目にそうは映らなかった。

姉がわたしを赦すことはなく、わたしはたった一つの愛情を失った。

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