オフィス・ラブ #3
「まあ、少なくとも、うちはやりかたを変えるべきじゃない」
堤は正しい、と新庄さんがカップを置いて、灰皿に煙草を押しつける。
「AORの終了は、また別の問題、ですね」
そう言うと、うなずきながら、箱から新しい煙草を一本出して、後ろのソファに寄りかかった。
「元担当営業としては、あまり賛成しないが。それ自体は、ルール違反じゃない」
「そうなんですよね…」
新庄さんが手を伸ばしたテーブルのライターを、代わりにとって、火をつける。
差し出す火に、新庄さんが顔を寄せて、唇に挟んだ煙草をかざす。
私は最近、この楽しみを覚えた。
目の前で、新庄さんが目を伏せて、私の手から火をもらってくれるのが、快感で。
なんだろう、この、妙に征服欲を満たされる感じ。
たぶん、動物が、手から餌を食べてくれる喜びに近いと思うんだけど。
絶対に嫌な顔をされると思うので、それは言ってない。
火のついた煙草を気持ちよさそうに吸いながら、新庄さんがまたソファにもたれる。
「今、ブランドのシェアは?」
「変わりなしです、うちが6くらいで」
「残りを他店が2:2か。そこも均等にされたら、きついな」
3つの代理店で均等にしたら、単純に考えて、うちは今の半分になるってことだ。
とにかくひたすらコンペに勝ち続けないことには、仕事が減っていく。
そのプレッシャーが重くのしかかる。
「半端な企画、出すなよ。問答無用でうちに決めさせろ」
「はい」
鋭く言われて、思わず姿勢を正す。
そうだ、判定に持ちこまれたら、好きに操作されてしまう。
明らかに私たちが一番優れていると向こうに思わせなかったら、ダメなんだ。
「全ブランド、手に入れるつもりで取りに行け。お前たちさえしっかり自分の仕事をすれば」
露払いは、堤がしてくれる。
そう言って、何かたくらみを共有しているような顔で笑う。
はい、と覚悟をこめて答えると、頭を乱暴にかき回された。