マエストロとマネージャーと恋と嫉妬と
私だったらこう弾くのに、と言うのならまだしも、こうも全て表現され尽くしてしまうと、流石に打ちのめされる。

しかもテクニックだってはるかに及ばないとくれば、もう……。


曲はとっくに終わって拍手に包まれていた。



……私、こんなとこで何をやってんの?

練習しなきゃ。ピアノ。練習したい!



何かの拍子で涙が溢れてくるのは分かっていたので、この場にはもう居られない。
梁瀬さんにもグチャグチャの顔を見られるわけにはいかない。

一瞬、ためらったがこの曲を挟んで休憩に入るはずだ。
水は楽屋に用意しておこう。気付いてもらえるはず。


モタモタしてると、梁瀬さんが舞台袖にはけて
来たとき顔を合わせてしまうかもしれない。
拍手が鳴りやまなければ、それに応える為に何度か舞台に出るだろうけれど、こっちの人はシビアだから分からないし。


あともう一曲終わるまでには、気持ちを落ち着かせないと。
それまではひたすらトイレに籠るつもりだ。
水の入ったペットボトルを握りしめ、急ぎ足で楽屋を目指した。




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