元通りになんてできない


「すまない…」

繰り返し呟くように言い、隣に来て座ると、静かに肩を抱いた。
部長…。

「すまない。これでは益々狡いな。泣かせるような事をわざと聞いて、こうして慰めようと企んだと思われても仕方ない。だが…しばらく、このままで居させてくれないか…」

肩を抱き寄せ、私の頭を胸に抱いた。
トクントクントクントクン…心音が早鐘を打っているのが聞こえた。
日だまりのような香りと、速くて規則正しい部長のその振動に心が安らいだ。
こんな穏やかな人…、結婚が上手くいかなかったなんて…、どうして、と思ってしまう。
…解らないけど…、何かがきっとすれ違ってしまったのだろう。

「…部長?…もう大丈夫です…」

「そうか…、名残惜しいな…」

「部長…、正直ですね…」

「…ああ、仕事じゃないからな。本当にすまなかった。…思い出させてしまって、申し訳なかった」

私から離れた部長は、また向かいの席に戻った。

「いつものオードトワレは付けられて無いのですね」

「ん?あぁ。まぁな…」

自惚れかも知れない。部長は妊娠の事に詳しかった。私の妊娠、毎日の様子からとっくに気がついていて、私の為に付けてないのでは、と思ってしまった。
妊娠初期は匂いに敏感だから…。
いくらなんでも、そこまでは…それは思い過ごしだろう。
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