それでも君が必要だ
一歩踏み出そう
「あれっ?」
智史さんは小さくつぶやくと、家の少し手前で車を静かに止めた。
「どうかしましたか?」
「……」
智史さんは私の問いには答えず、少し怖い顔でじっと正面を見つめている。
恐る恐る智史さんが鋭い視線を送る先をたどっていくと、そこには一台の見慣れぬ黒い車が停まっていた。
なんだろう。
お知り合いの車?
「えっと、あの……智史さん?」
じっと黙っていた智史さんがニヤリと笑った。
「ああ……。ごめん。あんまり予想通りだったから自分を称賛しちゃったよ」
「?」
予想通り?
何のこと?
訳がわからず見つめても、智史さんは変わらずじっと前を見ていたけれど、少ししてから息を吸って口を開いた。
「美和さん。家に帰ったら柴田専務がいると思うから、玄関は静かに入ってみて」
「えっ!?」
柴田専務?
あの車は柴田専務の車?
それが予想通り、ということ?
「でね、無理はしなくていいから、もし話してる内容が聞けるようだったら、軽くでいいからこっそり聞いてみて」
「……はあ」
柴田専務が父に会っていることが予想通りって、どういうこと?それって……良くないことですよね?
それに話している内容をこっそり聞くなんて、スパイみたい。
私、大丈夫かな……。
私にそんなこと、できる?
そんな私の不安はお見通しの様子で、智史さんはじっと前を見ていた顔を私に向けて真面目な表情をした。
「くれぐれも無理はしないでね。向こうが気がついたら、すぐにいつもお客さんに接するようにして」
「わかりました」
そうは言ったけれど、本当はとても難しい。
なぜならうちには滅多にお客様は来ないもの。
でも、やってみよう。
……不安だけど。