オフィスにラブは落ちてねぇ!!
愛美はキッチンに向かいかけて、クルリと踵を返し脱衣所からタオルを手に戻ってきた。

そして、うんと手を伸ばして、背の高い緒川支部長の髪にフワリとタオルを掛け、優しく拭いた。

「髪、濡れたままだと風邪ひきますよ。」

「あっ…ありがとう…。」

思いがけず至近距離にある愛美の顔にドキドキして、緒川支部長は赤い顔をしている。

「ちょっと座ってもらえます?」

「…ハイ…。」

愛美は膝立ちの体勢で、“おすわり”と飼い主に言われた犬のように大人しくその場に座る緒川支部長の髪をタオルで優しく拭いた。

(やっぱりかわいい…。)

6つも歳上のはずなのに、自分といる時の普段の緒川支部長は、従順な大型犬の子犬みたいだと愛美は思う。

「ハイ、これくらいでいいかな…。」

手を止めると、緒川支部長は愛美をじっと見つめていた。

「あ…。」

目が合うと慌てて目をそらして立ち上がろうとした愛美を、緒川支部長が抱きしめた。

「ありがとう愛美。大好きだよ。」

子犬が急に大人の男になったようだと、愛美は緒川支部長の腕の中でドキドキしていた。

(石鹸の匂い…。)

緒川支部長からは、ついさっき使ったであろう石鹸の匂いがした。

(あ…私まだお風呂入ってなかったのに…。)

愛美は急に恥ずかしくなって、緒川支部長の胸を両手で押し返した。

「あの…とりあえず、御飯にしませんか?」

「あ…ごめん、そうだった。」

緒川支部長が手を離すと、愛美は慌てて立ち上がり、キッチンに向かった。

(なんにも考えずに部屋にあげちゃったけど…なんか急に恥ずかしい…。)

よく考えたら、“政弘さん”とこの部屋で、シラフの状態で二人きりになるのは初めてだ。

お互いに大人の男と女で、しかも付き合っているのだから、部屋に二人っきりのこの状況では何があっても不思議じゃない。

(なんか…私の方から誘ってるとか…変に勘違いされちゃったかも…。)

もしかしたらこの後…いやまさか…などと思いながら、愛美は妙にぎこちない手つきでシチューをお皿によそった。


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