Engage Blues










 わたしだって、最初から隠してたわけじゃない。


 以前は、もっと武術を肯定していたと思う。
 というか、高校までは隠しようがなかった。

 家に道場があって武術を習っていると地元民なら知っていた。
 高校も元の同級生が広めた。当然、わたしを女の子として見てくれる奇特な男子はいなかった。


 それが嫌で悲しくて。
 がむしゃらに猛勉強し、家族の反対を押し切って、都心に近い大学を受験した。

 その甲斐あってか、大学時代に初めて恋人ができたけれど。


 デート中に絡んできたヤクザをうっかり撃退してしまった。
 一緒にいた彼は、青ざめた顔でひと言。



『怖ぇよ……おまえ』



 と、告げて去っていった。





 帰宅ラッシュと重なる時間帯。
 暗がりの駅前を、ぶらぶらと歩く。


(……嫌なこと、思い出しちゃった)


 顔をしかめそうになって、慌てて平静を装う。
 あんなつまらない過去、思い出すだけ時間の無駄だ。


 とどのつまり。
 大抵の男性ってのは、痴漢どころかヤクザや通り魔を撃退する武闘家の彼女なんて、お呼びじゃないのだ。





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