Engage Blues





「これ、食べるか?」

 目の前には、カップケーキのような物体が五個ほど。

 香ばしい匂いからして出来たてだった。

「マフィン……ですよね?」

「少しおからが余ってたんで作ってみたんだ」

「えッ」

 驚いて、視線をあげた。

 慶さんは、よく余った材料でお菓子を作る。

 それもそのはず。
 彼は、喫茶店でパティシエとして働いている。

 女性客に喜ばれるような新メニューや低カロリーの健康スイーツを開発する延長なんだろう。


「それ食べてて。今、何か作るから」


 さらに、夕ご飯まで用意してくれるようだ。


 慶さんのこういうさりげない優しさにキュンとくる。
 疲れてるのはお互い様なのに、なるべく食事を作って家事の負担を減らそうとしてくれる。


 女友達の話じゃ、そんな男性は絶滅危惧種らしい。
 優しいのは付き合って間もない頃だけ。
 同棲したり結婚すれば、そのメッキはすぐに剥がれる。


 慶さんと一緒に暮らし始めて四年にもなるけど、彼が何かに面倒がっている姿を見たことがない。
 買い物も家事も頼む前に動いてくれる。むしろ、わたしにできないことの方が多いくらい。






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