Engage Blues
よって奥義書の管理は難しい。
『梨花が道場を継ぐまで、おまえが持ってろ』と押しつけられた長兄は、わたしはもちろん他の兄弟にも知らない場所に隠した。
なので、長兄以外は誰も知らないのだ。
問題は、それだけじゃない。
長兄自身もなかなかに曲者なのである。
武闘家の長男ともなれば、例え女系優先の掟がなくとも跡継ぎを期待されるもの。
ところがどっこい。
長兄自身は幼い頃よりピアニストなると豪語し、夢を叶えるべく人生を邁進してきた。
周囲の反対を押し切って国内の音大進学、卒業した後、『世界平和を叶える音を見つけたい』などとわけのわからない言葉を残し、海外へ渡る。
たまに連絡をくれるから生きてはいるようだけど、年に二回の電話がくればいい方。
通話履歴に表示された国際番号を調べてみると去年はスウェーデン、一昨年はスロバキアだった。
おそらく海外のあちこちを転々としているようで、こちらからコンタクトを取る方法はない。
仮に連絡できたとしても、奥義書の在処を訊ねたところで素直に教えてくれるかどうか。