私は、アナタ…になりたいです…。
「あっ…今日はコンタクトだね。いつもの河佐さんだ」


前歯を見せて笑うのか。
しかもその歯、ホワイトニングしている訳じゃないよね。
やけに白いけどきっと自前だよね…。

……って、今はそれどころじゃなかった!


「お、おはようございますっ!」

思いきり力んで挨拶してしまった。
田所さんは唖然とした表情を見せて、それからくくっと苦笑した。


「挨拶はソフトにだよ。河佐さん」


5年前接遇マナーの講師から言われた注意事項の一つを持ち出され、ますます緊張の度合いが高まった。


「は、はい!そうでしたね!」


静まらない心音と比例するかの様な声の高さ。
それを聞いて抑えきれずに笑いだす田所さん。

私の視界には彼とその後ろに待っている女子達とが入っていて、どう反応するべきか戸惑う状況だった。


「昨日、目が少し赤かったから心配してたんだ。良かった。今日はもう白いね」


赤だとか白だとか、この際そんなのどうでもいい。
とにかく早くどっかに行って欲しい。
あなたの背後にいる人達の視線が、私には痛すぎるから。


「ご心配おかけしてすみません!もう大丈夫ですから!」


ですから早くあっちへ…と距離を置いて後ずさると、田所さんは一歩近づいてきて……


「昨日ぶつかったお詫びがしたいから仕事引けたら連絡してきて」


スッ…とダスターの隙間に白い紙切れを忍ばせた。

えっ…という呟きも発せずにいる私を黙認して、田所さんは上体を起こす。


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