私は、アナタ…になりたいです…。
ワケを話そう。
社屋を出るまで私はまるで針の筵に座らされている様な感じだった。

更衣室では入った瞬間に空気が凍りつき、その漂う緊張感に体を縮こまらせながら服を着替えた。


こそり…と囁く声に、余計な程神経を尖らせる。

自分のことだと限ってないのに、どうしても自意識過剰になってしまう。

打ち寄せてくる劣等感に怯える。

それでもなんとか、外へ飛び出すことが出来たーーー。





「ふぅ…」と、河佐咲知は大きく息を吐いた。

以前彼女に呼ばれたカフェで、あの夜以来、10日ぶりに顔を見合わせた。



「大きな溜息だね」


笑う僕に弱った顔を見せ、「当たり前です…」と呟いた。

作り笑顔なんかよりも相当可愛い顔を眺めながら、胸が高鳴っていくのを覚える。



カフェには相変わらず、様々な世代の人達がいた。

常連らしき人は隅の方の席を確保して、思い思いの行動を取っている。

この間の学生も老女も、同じ席で同じことをしていた。


運ばれてきたカフェオレを彼女は一気に飲み干した。
「余程喉が乾いてたんだね…」と話すと、「緊張で何も喉を通りませんでした…」と語った。


「特に更衣室は針の筵の様で…。怖かった……」


先に背中に凭れてきたのは彼女の方なのに、それを言うのか…と思った。

女子達の視線が痛い…と言っていた小心者ぶりが伺えて、少しだけ笑ってしまった。


「笑い事じゃないです!私、明日から毎日恐怖の連続です!」


真剣な表情で訴えてくる。
その彼女に向かって、「すぐに収まるよ」と呟いた。


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