私は、アナタ…になりたいです…。
「客層もバラバラだね…」と話す自分の視線に合わせるように、彼女が周囲を見回した。



「……ホント。言われてみるとそうみたい…」


納得するように頷いている。

話を切り出させずに済んだこっちは(良かった…)と心の中で喜んだ。


「表通りから二本も奥に入り込んでるから、絶対誰にも知られないだろうと思って決めたんです。……ごめんなさい。分かりにくい場所でしたね……」


少し遅れてきた理由を道に迷ったからだと思ったらしい。
普段通りに話し始めた彼女に向かって、「ちっとも」と言葉を返した。


「僕は細い路地や曲がりくねった先にある店を探し当てるのは好きなんです。迷路や宝探しみたいな気分がしてワクワクします」


『かごめ』もそんな店だったでしょう?…と話すと、ちらっとこちらに視線を向けた。

「はい…」と答える彼女の瞳が、諦めるように伏せられる。

ほっ…としつつも迷っていた。

不安や戸惑いが生まれてしまったのは、やはり今日のことが原因なんだろうか…と思ってしまった。


付き合ってる人がいる…と受付で不用意に喋ってしまった。
それを同僚でもある先輩から、何か言われたのかもしれない。

僕を取り囲む女性達の視線が痛い…と弱音を吐いていた人だから、今後は気をつけてから付き合おう…と思っていた矢先だったのに。



「河佐さん…」


声をかけると、彼女がビクついて返事をしてきた。


「は、はい…」


緊張した面持ちで次の言葉を待っている。
予想していた通りの神経の細さに、ふ…と笑みがこぼれてしまった。

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