強引上司とオタク女子

『……梨本の書類送付ミスだ。相手方は予定確認後の正式オファーがなかったので別の依頼を受けてしまったと言うんだ。新人にさせた仕事内容のチェックを怠った俺が悪い。本人も俺と話すのが気まずくて色々確認出来なかったんだろう』

「そんな……」


今から急に頼んですぐ決まればいいけど、どっちにしろ稽古は突貫でになってしまう。
そう思えば、過去に実績のあるところがいいってことか。


「とにかく一度戻ります」


電話を切って、私は走りだした。

イベントまであと二週間。
どこに頼んだって急ごしらえになるのは否めないし、ヒーローショーは子供向けイベントとしてはメインだ。
アルバイト程度の人じゃダメ。ちゃんとした役者じゃないと。

ビルに入り、五階まで上がってエレベーターを降りると、泣き声が聞こえた。
廊下の片隅で肩を落とした梨本さんが、山田さんに背中を撫でられている。


「誰にでも失敗はあるよ」


そんな慰めの言葉も聞こえる。
そこだけを切り取ってみれば素敵な友情溢れる姿にも見えるけど、自分のせいで社内が混乱してるっているのに、呑気に泣いている神経は疑うかも。


「お疲れ様です」


私は一言だけかけて中へと向かった。
ちらりと梨本さんが私に視線を向けた気がするけどどうでもいいや。

廊下の二人だけがまるで別世界の住人だったみたいに、社内は慌ただしい雰囲気が漂っていた。


「国島さん、ファイル見つかりましたか?」

「川野! すまんな」


駆け寄ってきた彼は、明らかに顔に疲労の色をのぞかせている。


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