強引上司とオタク女子

「まあいい。同じ所に行くんだから一緒に行くのはいいだろ、八重」


ガスバーナーに火がついた時みたいなボッという音が自分の中に響く。
今、名前っ、名前呼ばれたよね?

鼻歌を口ずさみつつ歩き続ける彼は、まるで平然としていて。

悔しいよ。私だけ?
手が触れてドキドキするのも、名前呼ばれるだけで心臓止まりそうになるのも、
一緒に歩いているだけで、気恥ずかしくて消えてしまいたくなるのも。

コイビトドーシなんて言葉、自分には一生縁がないだろうと諦めていたのに、よりにもよって二十六になってからそんな相手が出来ようとは。
嬉しいけど、どうすりゃいいんだかわからないよ。

そのまま、電車に乗り込んだ。
混んでいる電車の中で、さり気なくガードしてくれているんだろうけど、距離が近いって。

顔が熱くて、脈が早い。ドキドキするってやつだわこれ。
なんか、普通に電車乗るより疲れるよ。


「国島さん、近いって」

「混んでんだから仕方ねぇだろ」

「でも」

「それが嫌なら15分早く起きろよ。なんなら起こしてやろうか」

「朝から電話とか面倒じゃないですか?」

「一緒に寝りゃ面倒じゃあねぇだろ。泊まってやるよ」

「はっ……そ、それは結構です!!」


思わず大きな声が出てきてしまって、周りが一瞬ざわつく。
国島さんは余裕の笑みで、私ばかりが恥ずかしさに顔を赤くする。

背が高くて、好きだと自覚してからは前より格好良く見える国島さん。
歳は二つしか違わないけど、確実に恋愛経験値で言ったら私がかなり下にいるはず。


私は本当に、この人とお付き合いなどできるのだろうか。

< 66 / 87 >

この作品をシェア

pagetop