気になるパラドクス
憧れのお姫様だっこ。

思わず無言になって彼を見上げると、当然のような顔で見下ろされていた。

「これならいいみたいだな」

よ、良くはないけど、ちょっと嬉しいです。

だって、私をお姫様だっこしてくれる男子がいるとは思わなかったし……。

でも、35歳にもなって、お姫様だっこにトキメキ覚えちゃってる大女もどうなのかな?

きっと顔は赤いし、困った表情になっているだろうし、酔いが今さらまわってクラクラしてきたし。
繁華街をお姫様だっこのまま歩かれて、突き刺さる驚いた視線に恥ずかしくなってきたし。

「お、下ろして、恥ずかしいから」

「恥ずかしいなら顔隠してろよ。俺は平気だから」

いや、絶対にそういう問題じゃないんだから!
この人、言動がおかしい! 本当に絶対にどこかおかしい!

でも、大暴れしたらさすがに落とされそうだし、どうしよう?

落とされるのは痛いよね?

しかも騒ぎになって注目浴びるの必須だよね?

考えた末に、黒埼さんの首にしがみついて肩に顔を埋めた。

「上等上等、おとなしくしてろ」

そう言うけどさ、営業部の噂の広める早さを舐めないで欲しいんだ。

あぁ。明日仕事に行きたくない。

絶対に行きたくない。

今日の参加メンバーのなかには、うちの部の子は三人いたでしょ?
それから、一人は総務部の子と、それから監査の子もいたよね?

うわぁーん。絶対に嫌だー!

「……恨みますから」

「それでも別にいいよ。そこに居ないものとして無視されるより」

「挨拶はちゃんとしてるじゃないですか」

「挨拶だけじゃ物足りない。俺、あんたの声が好き」

……私の声?

「特にフロップ見た時に、嬉しそうに少し高くなる声が好きだな」

恐る恐る顔を上げると、楽しそうにしている黒埼さんの表情が見えた。

「でも、男の俺ならともかく、女のあんたがああいうキャラを可愛がるのが、そんなにおかしなことか?」

男の人よりは、確かにハードル低いかもしれないけど……。

「……おかしな……ことみたいです」

ボソボソと呟くと、考えるように眉間にシワを寄せてから、黒埼さんは空を見上げた。
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