気になるパラドクス
さすがに事務員が、軋轢を起こさせるわけにもいかないしね。

一応、フロッグすてっぷは外部業者の“お客様”なんだし、それなりに気をつけないと。

そう思いながらも仕事はどんどん増えていくわけで、捌きながらも髪が邪魔くさくってパチンとピンで止める。

「まぁ、それも可愛いが、やっぱり三つ編みじゃない方が可愛いぞ」

かけられた低い声に瞬きすると、目の前の部下たちが顔を上げ、私の後ろをかなりの高さで見上げていた。

私もそのまま顔を上げ、真下に見下ろす黒埼さんと目が合う。

……確かに、事務方は入口から遠いけど、こんなでかい人が入って来たのにも気づかないなんて、私も年かしら。

「今日、磯村さんは?」

黒埼さんはキョロキョロとまわりを見回して、いきなり私の三つ編みをほどき始めた。

「ちょ……っ! 何するんですか」

「まあまあ。で、彼はどこ行った?」

「嫁のところです」

「あ。そう?」

今度はピンも外されて、ぐいっと正面を向かされ、黒埼さんはなにやら人の髪をいじっていた。

「あ、あの?」

「まあまあ。磯村さん帰って来たら、社食に顔出してって伝えておいて欲しいんだけど」

「いいですけど。あの?」

パチンとピンを留める音がして、黒埼さんはなにも言わずに離れて行く。

振り返って彼を見送ると、呆然としている部下たちと顔を見合わせた。

「えーと……」

今の出来事はなに?

考えていたら、部下のひとりが親指を立てた。

「さすが黒埼さんはデザイナーですね。とても似合っています。ざっくりポニーテール風にみえて、実はゆるふわお団子」

「……と言うか、普通にさわってくるんですね。あの人……」

「すごい器用……」

賛否両論ありながら、黒埼さん流のお団子頭はおおむね好評で、帰って来た磯村くんには片眉を上げられる。

「お洒落な髪型になりましたね」

すみませんね、普段はお洒落じゃなくて。

睨みながら黒埼さんの伝言を伝えると、思いきり吹き出された。
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