空蝉
仰け反ったような翔に、「マジで」とアユは返す。

翔はよろけた。



「ハタチくらいかと思ってたのに。さっき、目が合って、まさかと思って走ってきてみれば」


残念がられているのだろうか。

勝手に変な期待しないでよ。


いや、その前に、やっぱりあの日のことはキツネ云々じゃなかったらしい。



「どうして走ったの?」


問うアユ。

翔は驚いたように顔を上げ、



「ほんとだ。俺、何で走ってんだろ」


きょとん顔。



わけがわからない。

アユが思わず笑ってしまったら、釣られたように翔も笑う。


それがいつも女に対してやっているような貼り付けた薄い笑みなんかではなく、無邪気な少年みたいな笑い顔だったから、変な感じがした。



「あんた、何かおもしろい人だね」


こらえきれない笑いと共にアユは言った。

しかし、急に真顔になった翔は、ぐいと顔を近付けてきて、



「お前が笑ってんの、初めて見た」


顔が熱くなったのがわかった。

それがこの暑さの所為ではないことも。


翔は、アユが手に持っていたペットボトルを奪い取り、



「いっつも仏頂面だからわかんなかったけど、こうやって見ると、お前、普通に可愛かったんだな」


嫌味なのか、それとも褒め言葉なのか。

言うだけ言った翔は、勝手にアユのジュースを飲んだ。
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