空蝉


10階の角部屋。

ドアを開けたエミを、充が出迎えた。



「お前なぁ。まだ荷ほどきも片付けもしてねぇのに、人を呼ぶなよ」

「いいじゃないのよ。ヨシキなんて、今更、気兼ねするような相手でもないでしょ」

「そういう問題じゃねぇだろ」


しかし、エミはヨシキの腕を引いたまま、充を押し退けて部屋に入っていく。

怒っているのか、呆れているのか、充はエミに、



「それよりお前は何をするために街まで行ったんだっけ?」

「食器を買いに」

「じゃあ、その食器はどこだ?」

「食器を買う前にヨシキと会ったのよ」

「で、食器もねぇ部屋に連れてきた、と?」


瞬間、エミは眉根を寄せる。



「何? ダメなの? だったら私、充と別れてヨシキと付き合うから」

「どういう発想でそうなるんだよ、お前は」


知らない間に充がエミの尻に敷かれている。

ヨシキがぽかんとそれを見ていたら、



「悪ぃな、ヨシキ。この馬鹿が勝手に連れてきたみたいで」

「俺の方こそ、何かごめんね。邪魔だよね?」

「そういう意味じゃねぇから。まぁ、適当に座っといてくれ」


充はその辺にあった段ボールを足で押し退け、座る場所を確保してくれた。


昔は相当、やんちゃなことをしていたらしい充だが、実は誰よりも――多分一番、ヨシキを気遣ってくれる。

幼い頃の翔と似ている気がした。



「ねぇ、飲みましょうよ」


エミが3人分の缶ビールを持ってきてくれた。

食器もテーブルもないのに、ビールだけはちゃんとあるというのが、少し笑えた。
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