十八歳の花嫁

第6話 前兆

第6話 前兆





藤臣は一瞬で後悔した。

愛実の思いの籠もったまなざしに、全身が絡み取られ硬直する。ある意味、メデューサの瞳に囚われたも同然だった。

その視線は藤臣を石ではなく人間に変えていく。
負の感情に固まった彼の外壁が、音を立て剥がれて行くのだ。
あちこちから真実(ほんとう)の心が見え、生身の彼が姿を現す。

美馬という死神に魅入られ、地獄を目指していた男にとって……それは天使の誘惑だった。


今日の愛実は本格的にドレスアップしている。
美馬邸で行われたパーティのときより、メイクも髪型もプロの手が入っていて、最初に会ったときからは比べ物にならないほど魅力的だ。

黒目の大きな瞳、決して高くはないが小ぶりで形のよい鼻、輪郭のはっきりした唇に朱色の鮮やかなルージュが艶めき、藤臣は舌先でなぞりたい衝動に駆られた。

あの日、この唇に自分の唇を重ねて、口紅の色が移るくらい押し付けあった。
白い肌が上気して見る見るうちにピンク色に染まるのを、彼は目の前で見たのだ。

愛実の肩は儚く、腰も細いが胸は見た目よりボリュームがある。信一郎に襲われたとき、不可抗力にも目にした乳房を思い出し……ついつい視線を下に向けてしまった。
さらには、オフショルダーでパフスリーブの袖も愛実の愛らしさを際立たせている。

問題は、美馬邸のドレスより胸元の開き具合が大きいことだった。コルセットで締めている効果だろうか、バストがグッと押し上げられている。
淡いピンクのショールの隙間からクッキリと谷間が覗き、藤臣を慌てさせた。


(し、しまった! 試着に立ち会うべきだった)


花嫁を思わせる白と袖の可愛さに惹かれ選んだが、着た所を確認しなかったのは彼のミスである。
途端に、彼は他の男の視線が気になり始めた。

しかし、それは藤臣の杞憂にすぎない。なぜなら、愛実の真横に立ち、上から見下ろさなければ谷間など見えるはずがないのだから。
頭に血の昇った藤臣は、自分が特別席にいることすら気づいてはいなかった。

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