十八歳の花嫁

はたと気づけば、周囲のほとんどの人間がヒソヒソささやきながら愛実を見ている。
ハンカチで覆った口元は、おそらく失笑で歪んでいることだろう。

もしここで愛実が涙をこぼしたら、非難は藤臣に行く。
万一、彼が失脚して信一郎が後継者になれば、愛実は家族のため、自分を襲った男に嫁ぐ羽目になるかもしれない。

藤臣を守りたいのは愛しているからだ。

でも、愛実は家族を守る義務も放り出せずにいた。
行動は同じであっても、動機となる思いがまるで違う。ただ純粋に愛せないことに、愛実は挫けてしまいそうだった。


「わからない子ね。天然も度が過ぎると、ただの馬鹿よ」


身動きの取れない愛実の傍に近づき、由佳が小声で話しかけてくる。
その声は明らかに怒っていた。


「どういう意味ですか?」

「私があなたなら、愛人の分際で身を弁えろ、と一喝して会場から叩き出してたわ。そうすれば専務も、普段どおり冷酷に振る舞えたのに」


由佳の言葉に愛実は涙が引っ込んだ。

藤臣は由佳の言うような冷酷な男性ではない。
もしそうなら、愛実を助けてくれたりはしないはずだ。

愛実は由佳にそう告げるが……。


「は? 何言ってるの? 私は入社して五年になるのよ。だったら教えてあげるけど、専務には私の前にも秘書室に愛人がいてね……」


あるとき、彼女は呼ばれてもいないのに、藤臣を驚かせようとホテルの部屋を訪ねたという。
するとそこには別の女性が……。
ふたりは顔見知りで、嫉妬心より虚栄心から女同士の喧嘩はエスカレート。後日、社内でつかみ合いの大喧嘩に発展したことを知り、藤臣は即座に両方と別れた。


「ふたりとも地方の子会社に飛ばされておしまい。専務が私を口説いたのはその翌日、『野心は持たず、余計なこともするな。君には妻の座と子供以外は欲しい物をやる』ってね――そういう男よ」

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