十八歳の花嫁

(そうだわ……銀座のレストランに呼び出されて……)


レストランは個室に通された。
少し躊躇ったが、そんなレストランで何ができると言うのだろう。見せたい物があるから、人目のあるところでは、と言われ愛実は同意した。

食事の後、信一郎に見せられたのは、藤臣が背の高い女性を連れ立って歩く写真だった。
二十代半ばくらいの素晴らしく綺麗な女性だ。彼女は東部デパートのイメージモデルで、長瀬久美子だと信一郎が教えてくれた。
写真は何枚もあり、そのほとんどにふたりは腕を組み寄り添い写っている。
男性との交際経験がない愛実の目にも、特別な関係だとわかる親密さだ。


『香港の九龍(クーロン)半島にあるホテルペニンシュラって知ってるかな? そこのスイートに仲よく泊まってたらしいね。ふたりはもう何年も付き合ってるみたいだから、マスコミも嗅ぎつけて明日のスポーツ紙に載るってさ。おばあ様も酷なことをするよ。藤臣には結婚を約束した恋人がいるのに』


数十枚の写真と信一郎の言葉は、愛実に衝撃を与えた。
その後、信一郎に何と答え、何を口にしたのか思い出せないくらいに……。



ボンヤリとした頭で、レストランでの出来事を思い出す。
そして、見上げた天井にはなぜか鏡が張られていた。その鏡に、自分の姿が映っている。大きなベッドに横たわり、虚ろな目で鏡の中の愛実はこちらを見ていた。


(レストランにいたはずなのに……どうして、こんなところに寝てるの?)


愛実は身体を起そうとするが、微かに指が動く程度で、四肢にはまるで力が入らない。


(わたし、どうなってしまったの? なぜ、身体が動かないの?)


比較的鷹揚な愛実も、この尋常でない事態に焦り始めた。
だが、慌てれば慌てるほど、考えが纏まらない。
身体が思いどおりに動かないことが、これほど恐ろしいものだとは知らなかった。しだいに恐怖心が高まり……そのとき、音楽の合間に聞こえていた水音が止んだ。

ドアの開閉音がして誰かが近づいて来る。


(誰? 誰がいるの?)


姿を見たくても首が回らず、尋ねたくても声が出ない。


「あれ? もう気がついたのかい。随分早いんだなぁ。もっと量を増やすべきだったかな」


そう言って覗き込んだ顔は、美馬信一郎だった。

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