優しい胸に抱かれて
 待ってると繋ぎ止めたかった想いは、冷たい一言で跡形もなく消滅した。しっかりとした芯のある言葉が落とされた。

『待たなくていい、別れよう』

 待つことさえ許されない言葉に、私はどんな顔をすればいいかわからなかった。

 返事は『わかった』以外に受け入れないと訴えた瞳から、素早くコートと鞄を抱え部屋を出て行こうとする腕を掴まれて。


『送ってく』

 いらない優しさを、振りほどこうとしたが一向に放してくれなかった。


 最後くらい、その優しさは捨ててくれればよかったのに。


 車の中で一言も喋らなかった。ポケットから取り出した合い鍵をダッシュボードにこそっと置いた。すでに薬指から指輪は消えていた。


 車から降りた私の背中に、ドアが閉まる音に混じって届いた声。


『頑張れよ』


 振り切るように走って部屋に駆け込んだ。

 彼の前では一滴も泣かなかった。

 追いかけて来るわけがなかった。

 本当に、終わったんだと実感した途端、堪えた涙は暗い部屋で溢れ出た。



 この日、遅く目覚めた朝。彼の腕の中でだらだら過ごし、それまで何ら普段と変わらない休日を過ごしていた。それは私だけじゃなく彼も同じだった。

 終わりなんて少しも感じなかった。

 何で、別れようって言われたのか、わからなかった。待つことすら許されなかった。

 確かなことは、私は本当に彼が大好きだったことだけだ。

 そして、何で頑張れと言われたのか、意味が分からなかった。

 後になってみれば、何が本当かもわからない。どれもが偽りに感じた。

 あの時は、理由すら聞きたくなかった。

 今思えば、それを聞かなかったら私はまだ前を向いて歩いてないのかもしれない。


 確かな意志だったのであれば、素直に答えてはくれないだろうと、問いかけを引っ込めたのは覚えている。
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