優しい胸に抱かれて

『所詮、人間は勝手な生き物じゃねぇかよ。段々金も愛情も足りなくなって、もっともっとって我が儘で、最終的にやっぱりあの人が忘れられないって言い出して、面倒くせぇから別れた』

『確かに…、日下では扱えないタイプの女だな。それをいつまでも引きずってたって前に進めんぞ?』

『別に引きずっちゃいねぇよ…』

『そうか? お前みたいな奴ほど根に持つタイプだと思うがな。工藤、お前はどうなんだよ?』

『俺? ナポリタンしか食べないし、一緒にいて楽しくない、意外につまんない、面白味がないって振られた感じ?』

『はははっ、そいつは笑えるな! 工藤らしい振られ方だ! 意外どころか全然つまんないぞ、面白味なんかこれぽっちもない!』

思い切り馬鹿にした島野さんの笑い声が作業場に響いた。普段は大きな声を出さない人だが、自分以外の人を馬鹿にするときは大きな声と笑い声を出すことがあった。

『…らしいって何ですか。島野さん、笑い過ぎ』

『笑わしてるのはお前だろ。しかし、お前が一途に想ってる女は、お前のことを解ってくれるといいな?』

『さあ…、どうでしょうね?』

彼には一途に想っている相手がいる。叶わないのは解っているのに、好きになってしまったから、心が痛い。耳を塞ぐように手元に集中する。

『…ところで、柏木! お前はさっきから何をしてるんだ?』

いきなり名前を呼ばれ肩が跳ね上がった。頭を上げると黄色のネクタイに目がいってしまい、笑いを堪え目線を動かした。島野さんの怪訝そうに覗く顔が目の前にあった。

『えっと、私は…』

お世話になったクライアントへ、設計、デザイン、施工を任せてくれてありがとうと、感謝の気持ちを込めてメッセージカードを送ることになっていた。前川さんに自作で作りたいと申し出たらすんなり承諾してくれ、それを作成している最中だった。

佐々木さんに木っ端をこけしのように削ってもらって、人の形をしたそれにフェルトや端切れ、毛糸で髪の毛や顔、衣服を貼り合わせる。商品部から借りたアンティーク調のテーブルに乗せ、写真を撮ってパソコンに取り込む作業を延々繰り返していた。

テーブルは私の机と隣の平っちの机の境目に置いてあったから、おやつが入った引き出しが開けられないとぼやかれていた。
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