優しい胸に抱かれて

二階へ降り長い廊下を辿って、店舗デザイン事業の硝子扉を開く。張り替えられたガラスのパーティション向こうから、みんなの笑い声が届いたのと同時に、一課の作業場へ郵便物を届けようとしていた足が不意に止まる。

『…お前は合コンの心配だけしとけ。その前に仕事しろよ。…だけどなぁ、吉平は美人だわな』

『滝村も美人だよな? ところで、柏木は美人の部類に入るのか?』

予期せず自分の名前が聞こえ、備品が詰め込まれている什器の陰に、何の話をしているのだろうと、息を潜め立ち尽くす。

徐々に頭が追いついてくる。女子社員の好みの話だとわかって、益々私は入りづらくなった。それぞれの声は奥の方から聞こえてきて、二課側に集結しているらしかった。

『柏木? まさかだろ? ロリ顔。童顔。ドジ、おっちょこちょい。些細なことですぐ泣きそう。面倒臭そう。岸の方が好み、白黒はっきりしてるだろ?』

『金山、それは言い過ぎだろ。俺は断然柏木。日下は?』

『佐々木さんこそ普段柏木に冷てぇのに。美人って話なら滝村。平は?』

『俺は商品部の本木さんですよ、よっしーは怖い。畑山さんは誰なんですか?』

『いや、俺は吉平だな、隣並んでも恥ずかしくない。絶対柏木は無理。一緒に歩いててロリコンとかって指さされたくない』

よっしーは美人で綺麗。私はこんな風に童顔って括られてしまう。

一課の畑山さんの口から、次に出た名前に私はとにかく落ち着いていられなくなった。

『…工藤、そうだろ?』 

その名前にドクンと心が波打った。聞きたくないのに、足が震えて動かない。

掌が汗ばんできて、呼吸を整えるのもできなくなった。完璧に心の中で何かがざわざわしていた。

備品棚の裏側に身を隠すだけの私は、息をするのも忘れてしまいそうになるくらいになる。

間が空いて、彼の口からやおら解放された言葉。


『まあ確かに…。ロリコンって言われるのは嫌ですね、しかも指さされて。意味もなく泣かれても困るし、面倒な女も嫌いですね』
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