優しい胸に抱かれて
「日下さんは怖いですけど、工藤さんはいい人っぽいですね? どんな人なんですか?」

「…みんないい人たち。怖く見えるかもしれないけど、目をつり上げるほど真剣なの。みんな…、真剣に向き合ってる。日下さんの良さはこれから一緒に仕事すれば解ると思う」

 上手くお茶を濁せたかは別として、返答に困ったのは、どんな人かと問われ、私を困らすのが得意な人。と、しか思いつかなかったから。

「係長は、部長とか怖くないんですか? 直接話したことないですけど、雰囲気が怖いです…。怖くて風邪引けないです」

 誰かが風邪を引けば、目ざとい部長は朝礼で「誰か一人にでも移したら殺すぞ」と脅している。おかげで健康管理も仕事のうちと、みんなは気が抜けないでいるが、実際のところ風邪くらいじゃ殺されない。

 それどころか、「さっさと帰れ、帰らないなら殺すぞ」と、脅迫まがいに早退届を書かされる。どっちみち殺されるなら、帰った方が賢明だ。

「あれは、ただの冗談。部長が怖いのは顔だけ…」

 そう言って、いるわけないのに思わず周りをきょろきょろと見回したのは条件反射だった。盗聴器とか仕込まれているのではないかと、聞かれると都合が悪いものだから疑ってしまう。部長の場合は本当に仕込んでいる可能性があるから油断ならない。

 周囲を警戒している私に、彼女は声を出して笑う。

「おかしいですよ、係長。こんなところに部長はいませんよ」

「だって、顔が怖いのは事実だから。…少しは緊張解けた?」

「え…、係長。気を紛らすために…?」

「そうじゃないけど。こんなの部長に聞かれたら、何だ、悪口か? って怖い顔で睨まれそうでしょ?」

「今のは部長の真似ですか? 全然似てないですよ、もっと怖いです」

 私たちの笑い声は人や車の騒音にかき消された。彼女は初めての外回りで、私はここがテレビ塔のある大通公園だから。声を立てて笑えば気が紛れるような気がしたが、作ったかのような笑声に気分が晴れることはなかった。
< 196 / 458 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop