優しい胸に抱かれて
『1人で焦って、良は気にもしてなくて、それって淋しいじゃない? でもね、重たいって言われちゃってね。早く新しい家族が欲しいってだけなんだけど。紗希ちゃんが妹になってくれたら心強いって思ったら、急に押し掛けちゃった。柄にもなくしんみりしちゃった…、ごめんね?…紘平には内緒ね?』
綾子さんが謝る必要はない、そう伝えたくても涙で声にならなかった。スマホを耳に当てたまま、綾子さんには見えないのに私は何度も首を横に振った。
『私って押しつけがましいのかな。良にとったらしつこくて煙たい存在なのよね。…ちょっと、紗希ちゃん。泣かないでよ、私までもらい泣きしちゃったじゃないのよ…』
なんて明るい声を出す綾子さんは話の序盤から涙声で、時々鼻を啜ったり、鼻をかんだりしていた。
どちらかと言ったら、私の方がもらい泣きをしたのだけれど、悩みを打ち明けてくれて、そして妹になって欲しいと言われて純粋に嬉しく感じていた。
煙たい存在じゃない。だって、迎えに来てくれるんだから良さんは綾子さんを大事に想っている証なのだから。
『どうせ、仕方なく迎えに来てるのよ』
素直に取ってくれない綾子さんは、話して落ち着いた様子で。
『あーっ、すっきりした』
甲高い笑い声をさせて、『話し聞いてくれてありがと、春にはまた行くから。じゃあね』と、ケラケラ笑って電話を切った。
−−−−−
でも、綾子さんと会うことも電話で話したことも、それが最後となった。
冬、雪が深くなって綾子さんは来なくなって、話で元気そうなのは聞いていたから、あえて連絡を取ることはなかった。
だけど、あとになって思うことがある。もっとたくさん話がしたかった。私も話を聞いてもらえばよかったかもしれないってこと。
乗り込んだ地下鉄の吊革広告。どこかの産婦人科クリニックの広告に視線が釘付けになった。
綾子さんは、元気にしているかな。新しい家族、増えたのかな。
憧れだった綾子さんとは、もう2度と会えない人になってしまった。