優しい胸に抱かれて
 立ち上がり一課の作業場へと足を踏み入れる。机の上に並べられたおやつを、片っ端から食べようとしている平っちの席へと駆け寄った。

「平っち、工藤さんは?」

「工藤さんならさっき電話あって、今日はもう帰ったよ」

「え…? さっきっていつ?」

「んー、柏木が戻る前くらい。何かあったの?」

 おそらく、ひどく驚いて困惑した顔をしていたのか、それとも眉の皺が思い切り捻れたからか、チョコレートを口へと放り込んだ平っちは、不思議そうに見上げている。


「な、んでもない。ありがと」

 私が戻る前って、駐車場に車を置きに行ったんじゃなくて、そのまま帰ったんだ。戻る場所は同じとか言っておきながら帰ったって。


「意味わかんない…」

 無人のデスクにそっと声を落とす。



 自分が考えたインテリアデザインが商品化されるのはこれで2度目。それなのに、初めての「おめでとう」の言葉だった。


 それが、なんであの人なんだろう。なんでこんなことするんだろう。

 どうして、最後にしたいのに、こんなことするんだろう。

 全然、わかってない。私のことなんて何も、わかってない。

 こんなことするから、どうしていいかわからないのに。ちっとも、わかってない。


 

 でも、私がこのメモ帳を使う日は来ない。


 長島さんが受け取ってくれなかった退職届を、主のいない机の上に置いた。


 きっと、明日の朝『柏木、ちょっと来い』といった具合に、部長に呼ばれる。私はその時を待つだけ。
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