優しい胸に抱かれて
□絡まる感情
 ところが。

 翌日、朝礼が終わっても部長は私を呼び付けることはなかった。


「二課の事務処理が追いついてないぞ」

 こちらに鋭利な眼差しをくれた後、期待外れの一言で片付けられてしまい、私はぽかんとするしかなかった。


 フロアの真ん中で置いてきぼりをくらったみたいに立ち尽くしていると、島野さんの両手が頭を覆い、がっしり掴まれた。

「お前、昨日きちんと野村に渡したのか? まだ受け取ってないって言ってるぞ。こら、ぼけっとしてんな。設計図だよ、設計図。え? じゃないだろうが。反応が鈍いな、てめえは。起きてるのか?」

 きちんと起きているし、意識はしっかりしている。今だって頭を揺さぶられながら、指の痕が額についてしまっていないか気になるくらいに。それを口にするとまた怒られるんだろうなと、飲み込むしかない。


 直接渡せなかったことを話すと、眉がぴくりと動き顔色が変わる。怒っているのかどうかはわからないが、確実に疲れたと顔で表現し呆れている。

「鈍くさいから席間違えたんだろ。これだから鈍ちんは困る」


 席は間違っていない。だけど、もしうちの部署みたいに席替えなんてしていたとしたら席は違っていたかもしれない。でも、野村さんの席だってことは確認したし。

 例え、違っていたとしても自分の担当ではないのであれば、本人に渡るはず。あの仕切られた空間は、商品部企画課のデスクだけなのだから。故意に捨てようと隠そうと、データがあるから意味がない。


「まあまあ、柏木なんかにいちいち言ったところでわかるわけないでしょ」

 佐々木さんの言葉に唇を尖らすも、腑に落ちないので商品部へ行こうとする私に、自分で行くと島野さんはぶつぶつ小言を言いながらフロアを出て行った。


 もしかすると、退職届は部長の机になかったんじゃないか。一切触れられなかったことに、設計図紛失話に置き換えてみると妙な疑惑が生じた。
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