優しい胸に抱かれて
□信じる思い
「…で?」

「え?」

「え? じゃねぇよ。何で俺の車に乗り込んできたのか聞いてんじゃねぇかよ。質問に答えろ」

 運転席で面倒くさそうな声を出しながら、ギアをパーキングに入れ替え本気で鬱陶しいと、顔全体で表現させる日下さんの眼差しは冷ややかなもの。


「ちゃんと質問には答えました」

「あぁ、俺が聞いてんのは、何で俺の車に乗り込んできたんだってことだ。戻る途中で、着いて来てると思ってた工藤さんがいなかった。きょろきょろしていたら車に乗った佐々木さんが暴走して出て行っちゃいました。…んなこと聞いてねぇよ。だから、何だよ?」

 私の口調を真似ると、話の最後でハンドルを拳で叩いた。

 経緯は日下さんが言った通りで付け加えるとすれば、自意識過剰なほど背中が無駄に緊張したってことくらいだ。何処に消えたのかは知らないけれど、振り返ったらいないなんて、着いて来ていないなら早く教えて欲しかった。と、地団駄を踏んだところに。


「ロータリーでちょうど、日下さんが運転する黒い車が見えたので立ち塞がっちゃいました」

「それは質問の答えじゃねぇだろ。轢いてやっから今すぐ降りろ。少しはまともな会話ができるようになるんじゃねぇか?」

 これが軽い冗談ではないことは、軽蔑した白い目つきが本気だと訴えている。そもそも日下さんが私に対してジョークなんて言うわけがない。


「日下さんこそ、私の質問に答えてません」

 逃げやしないって言っていたのに、何処へ行こうとしているのか。いくらなんでも悠長にランチ、ではないのは助手席のシートに乗ったファイルで判断できる。


 車の進路を阻み、開けた助手席のドア。座席には持ち出し厳禁の赤字ステッカーが貼られたファイルが、幾つか積まれてあった。

 これを持ち出してどうするのかという私の問いには答えず、逆質問にあったのが数分前のこと。


 私の膝の上に置かれたファイルの中身は、決済が下りた新規仕入先申請書と対になって、取引先情報が綴られてある。企業名、住所や金融機関名だけじゃなく、必要とあらば決算書を取り寄せることだってある。知り得る限りの情報が満載。謂わば個人情報なのだ。
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