優しい胸に抱かれて
結局、金曜日は昇格祝いなのか佐々木さんの結婚祝いなのか、ごたごたが片付いて一息入れたかったのか。主旨があやふやな飲み会が開催された。

2人っきりで過ごすはずだったのに。と、どこにもぶつけることのできない独占欲を、消えていくビールの泡のように消し去り、自棄になったのもあってか、勧められるまま浴びるように酒を飲み、土曜は2人揃って酒が抜けず。

今日こそは灯台へ行こうって話をしていた。そんな貴重な日曜日、何も今日じゃなくてもよくないか?

紗希の会いたがってた人でなければ、とっとと追い返している。


ゆっくりって紗希に言い聞かせておいて、自分が焦っているんだからどうしようもない。


出迎えるとドアロックの隙間から口だけを見せ、まだなにやら騒いでいた。

玄関先の姿見に映る自分の姿をちらりと視界に入れた俺は、ぼさぼさの頭を梳きシャツの間から脇腹を掻きながら、気だるそうにドアロックを外した。

外れた途端、バンッと力任せに開いた扉の向こうで、不機嫌そうに睨みを利かせる顔に溜め息を落とす。

「何、こんな朝から?」

「悪かったわね、私だって朝から来たくて来たんじゃないわよ。ドアロックなんか掛けてないで、さっさと開けなさいよ!」

連絡もしないで押しかけて来ておいてこの理不尽な態度に、あからさまに軽蔑の眼差しを向ける。

「邪魔よ」

俺の体を力ずくで押し退けると、大きめのボストンバックを重そうに部屋に運び入れる。

やれやれと、肩で負けないくらいの大きな息を吐いた。


「…だらしないわね、いつまでもだらだら寝てるんじゃないわよ」

リビングへと入っていく背中を蹴っ飛ばしたくなる衝動を抑え、後に続く。物珍しそうに辺りを見回して「で?肝心の女はどこよ?」と、振り向いた。

出かかった欠伸を中途半端なところで飲み込んでしまったのと、問われたことが重なって眉間に皺が寄る。

「女?」

「惚けんじゃないわよ、靴見りゃわかるわよ。何、ちゃっかり女連れ込んでんのよ、あんた」

「ちゃっかりって、人聞き悪いんだよ。俺だっていい年した大人なんだから干渉するなよ」

「女を連れ込んだことを言ってるんじゃないのよ。どんな女かって聞いてんの。ちゃらちゃらした女だったら容赦しないわよ、このお姉さまがね」

そう、このうるさくて理不尽な女は4つ上の俺の姉、綾子だ。
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