優しい胸に抱かれて
「ああ、そうかよ。お好きにどうぞ」

しれっとしてソファーに身を投げて、テーブルの上に置かれたテレビのリモコンとスマホを同時に拾い上げる。ソファーの背もたれに方肘を付いて姉の旦那のアドレスを探し出し、通話マークを押した。

「冷たいのねえ、自分の女が見定められるっていうのに?」

「要するに、自分が小姑だってことだろ?」

呼び出し音に混じって、ガチャと扉が開く音。

振り返ると、寝室の扉の前でこちらに背中を向けている紗希がいた。閉じた扉をまた開けようとしていて、思わず笑みが零れる。


「小姑じゃないわよ、失礼ね。弟の彼女に相応しいかどうか見定めてやるって言ってんの」


見定める?馬鹿馬鹿しい。29にもなって姉の承諾が必要なのかって。

ほんと、うるさい。


「何が相応しいか、だよ。興味だろ。あー、もしもし。良さん?姉ちゃんが来てんだよ、うるさいから連れて帰ってよ」

文句の一つを挟んだところで、電話に出た相手にそう助けを求めた。姉の旦那の良介兄さんは言い慣れた様子で謝罪を述べた。

[今、向かってる。毎回、悪いな]

この2年の間も何度か家出をしてきていたのは聞いてはいたが、毎回この姉のために車を飛ばしてくるんだから、可哀想にと同情する。

申し訳なさげな良さんの声に絡む視線の先では、姉が紗希に絡んでいた。


「なあに、背中なんか向けてるのよ、失礼な子ね?聞こえてたでしょ、こっち向きなさいよ。それとも、見定められるのがそんなに嫌なの?」

何が小姑じゃないだよ。その台詞は小姑丸出しだ。

紗希と比べて姉はデカく、体格といい身長といい、俯いて困ったままでいる紗希が小さく見える。


「連れてってくれないとさ、俺の彼女が取って食われそうなんだ。よろしく」

俺はそう言いながら、手にしたリモコンでテレビを付けたのは余裕の表れ。


良さんは[はは、わかったよ]と電話を切った。


「何とか言いなさいよ。虐めてるみたいじゃないのよ」

まさしく、虐めてるんだろ?


「…綾子さん。あの、…お久しぶりです」

「…え?」

紗希の言葉と不審そうな姉の声。俺の彼女は眉間に皺を寄せて、引き攣った笑顔を上げた。
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