優しい胸に抱かれて
『別れよう』そう終わりを告げられた次の日の月曜。

 それまでと何も変わらない会社。そこには彼の姿だけがなくて、何も変わらない日常が繰り広げられようとしていた。

 部長は『金曜日と同じ』と朝礼を終わらせ、みんなを驚かせた。

 あの日から、部長は朝礼で『昨日と同じ』としか言わなくなった。私は心の中で昨日と同じじゃないって叫んでいた。

 昨日の昨日をずっと辿っていけば、終わりなんて見えない何でもなかった日にたどり着く。


 口の悪いみんなが優しかった。

 放ったらかしにされていた昨日までとは違うみんながいた。

 お前がどんなに辛いか俺らが一番わかっているから、無理するな、とでも言いたげな顔をする。

 それが優しすぎて全てを受け止められなくて、目を背けた。

 私はどこまでみんなの足を引っ張れば気が済むのだろう。

 あんなに口の悪いみんなに気を遣わせて、その優しさに泣いているのに気づいてくれないから、また優しくされて泣けてくる。


『今日のところは帰っていいぞ』

 部長に言われても帰らなかった。ここで逃げたらいよいよ本当に突き放されたんだって思わずにはいられない。


 みんなには関係ない。毎日、毎日顔をつき合わせてきて関係ないと言い切れない。

 それでも、放って置いて欲しくて、自分から[感情]という名前の糸を裁ち切った。

 切ってしまって、もう引き返すことも立ち止まることも許されなくなった。

 泣くのは今日だけ、そう決めた次の日。

 朝、みんなの気まずそうな顔が並んでいたが、それを見ないようにした。見ないようにすればするほど、悲しくなった。

 哀れんだみんなの顔がまともに見れなくて、でもそれをみんながわかってくれたらしく、いつも通り口悪く接してくれた。


 優しくされるより、耳を摘まれて馬鹿だの鈍感だの言われていた方が、ずっといい。優しくなくていいのに、根は優しいからたまに見せられるその感情に泣きそうになる。

 それまで通りにみんなと接することができなくなった。気づけば辛気臭い作り笑いを浮かべていた。


 ぷつりと切れてしまった糸は片方だけが手元に残って、もう片方はゆらゆらと飛んでいった。消えた片方を今まさに必死で探し回っている。自分で切った糸を結び直すのは自分しかできないから。

 片割れを私はまだ見つけられないでいる。
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