優しい胸に抱かれて
「それまでに髪はカットしに行った方がいいんじゃない? 飲みには行かないよ。それに、勉強しなくていいの?」

 今年、平っちは一級建築士の試験を受ける。やっと本腰を入れたのかと思いきや、合コンの方が性に合っているらしかった。

「何でよ、すっかり付き合い悪くなって。たまには息抜きもいいじゃん?」

「息抜きし過ぎじゃない? それに、ちゃんと忘年会だとか、定期的にやってる反省会には出てるでしょ?」

「それは強制参加じゃんかよ。せっかく誘ってんのにつまんねーの、生きてて楽しいの?」

「…それより、どこの手芸店?」

 どんなに悪たれ口を叩かれても、誘われたら話をはぐらかすのがお決まりとなっていた。


「サワイクラフト。駅ビルの6階のワンフロアがサワイクラフトで入店するんだけど、とあるスペースの使い道が…」

 立ち上がる私の後ろを、困った表情をしながらついてくる。

 向かうところはフロアの一番奥の扉、書庫がある保管庫だ。サワイクラフトで知恵といったらこれしか思い浮かばない。


「確か、去年だったと…。サワイクラフト大通店の改装したのって…。あった、これ」

「…これ、借りていい?」

 サワイクラフトに関する書類一式を綴ったファイルをその場で開き、目で追っていく。何か、確信するようなものでも書いてあったのか、ぱっと瞳を剥き出す。

「うん。あまり参考にならないかもしれないけど。何かあったらいつでも聞いて」

 とは言っても、今の私にはこのファイルを渡すことしかできない。

 二課で請けた店舗の納期が間に合わないのに輪を掛け、自分が抱えている案件だってある。他を助けている時間がなかった、寧ろこっちが助けて欲しい。

「…忙しいのにすまんかった。この埋め合わせは必ずするから」

「いいよ。困っているときはお互いさま、でしょ?」

 平っちは分厚い書類の束を抱えて、何度も感謝を述べる。

 あれ以来私達のこんなやり取りはしょっちゅうで、私も何度も助けてもらっていてお互いさまだった。


 落ち着いたら飲みに行こうぜ。って、最後まで諦めなかった平っちと別れ、それぞれの課へと戻る。
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