ビューティフル・ワールド

しかしそんなやり取りも、一歩そこへ踏み込んでしまえば、ぴたりと止んだ。
伊東もプロだ。大久保は言わずもがな、りらのファンである。

だが、そんなことが関係あっただろうか。
そこへ入った者は、誰でも、言葉を失くすのではないだろうか。

柳瀬の脳裏にそんな思いがかすめた。
誰もが皆、その絵に呑み込まれた。


むせ返るような緑、また緑ーー…

鮮やかな森が、そこには出現していた。

会場内を区切ったブースの順路を除く、三面の壁いっぱいに、
特大のキャンバスが床すれすれから、天井近くまで、隙間なく敷き詰められている。

その桁外れの大きさによって、本当に森に包まれたような錯覚を呼び起こす。
森はほとんど実物大と表現してよかった。

そこは、きっと、夏で。
強い陽射しが木々の葉を照らしつけているかと思えば、鬱蒼とした木の葉の重なりで陰をも織り成し、
どこにも描かれていない蝉の鳴き声が聞こえ、青々とした匂いが鼻を満たし、肌には木の葉を揺らす風を感じた。

上を見れば、抜けるような青空にわずかにかかる薄い雲、下を見れば土の香りが漂う大地。

手前には触れればひんやりとしそうな、ごつごつとした木肌があり、目を凝らしても、樹々の奥は果てしなく続く。

圧倒的なスケールで描かれたその絵はしかし、柳瀬に既視感を与えた。
それは初めて見たりらの、あの並木道の絵に近かった。

その瑞々しさ、その眩しさ、その躍動感、その、生命感。
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