ビューティフル・ワールド

技術は当然成熟し、絵の巨大さに関わらず、その色遣いはより一層、驚くべき緻密さと繊細さを誇っていた。
そのまま踏み込んでいけそうな巧みな構図も、遥かに奥行きを増している。

だが、感性は揺るぎない。
この森はおそらく、りらのルーツを昇華させたものだ。

どれくらいの時間をそうして森に包まれていたかわからない。
柳瀬はもう一人だった。
伊東や、大久保が一緒にいるのか、いないのか、わからない。いや、その存在すらもう柳瀬の意識にはなかった。

只、何も考えず、足を進めた。


ブースの二つ目。

雨が降っていた。

これも同様に壁三面を使い切っている。

ビル街に降り注ぐ雨、水溜り。グレーの空だ。だが、無人の街に滲むネオン、信号、ビルの灯り、車のライト、アスファルトに照り返し雨で輝き、氾濫する色、色、色。

ヒステリックな風景を雨のベールが覆い、寂寥感と、しかしやはり高揚感を掻き立てられるような、情緒の混乱で胸が苦しくなるような絵だった。

その空の一角に、りらが先日家に持ち帰っていた絵があるのを、柳瀬は見つけた。

なぜあの絵をただのグレーだと、陰鬱だと、思ったりしたのだろう?

厚い雲で覆われたのはきっと晴れの空だ。ブルーが見え隠れし、更に雨によって滲む、複雑なグレーだった。
赤が足りない、と言っていたのは、赤信号の光の余波のことだった。確かに微かといえど確実に、朱が足され、この光があるのと無いのでは、潜在的な印象が変わってくるだろうと理解できた。

絵は無人だが、鑑賞する人達によって雑踏が完成する。
綿密な計算と暴力的ともいえる色遣いが同居した、
一見ありふれた特徴のない街角が、鮮烈な光景として切り取られた、今まで見たことのないような絵だった。
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