ビューティフル・ワールド

りらは人は描かない。
初めて会ったあの瞬間のような…あの、何かを描こうとする時の、対象の輪郭や何もかもを一片も逃さず捉えようとする眼差しが自分に向けられたら、戦慄と快感が背筋を走り抜けるだろう。

想像しただけで身体が震えそうだった。だがりらが柳瀬を見る瞳は欲望をかけらも映してはいない。それに彼はまたどうしようもない苛立ちを覚えた。

「いつでも脱ぐよ。」

大久保がこの会話をかき消そうとでもするようにかき氷機をやけっぱちになって回している。

「見たければいつでも脱ぐしどれだけ触っても良いよ。」
「どういうことですか!」
「いつでも抱くし」
「抱いたんですか!」
「抱いたよ。」
「抱いたんですか!」

大久保が二回同じ事を叫んで光の速さで飛んできた。かき氷を二つ手に持っている。

「どういうことですか! 二人は付き合ってるんですか!」
「お前は仕事が早いなあ。」

りらは大久保の右手からガラスの器を取り上げ、持っていたスプーンを緑色のかき氷に刺した。

「りらさん、この男と付き合ってるんですか! こんな! 今時おかしいくらいのプレイボーイと!」
「失礼だな。」

柳瀬は顔をしかめ、りらにならって大久保の左手からかき氷を奪った。スプーンがない。ため息をついてキッチンに向かった。

「僕の質問に答えて下さい! 付き合ってるんですか!」
「付き合ってないよ…」

くだらないことを聞く、といいたげにりらは首を振った。スプーンを探しながら柳瀬は苦笑した。
ほとんど無理矢理抱いたようなものなのだから、手に入れたことにはならなかったのは、当然だ。
期待していたつもりはなかったが、やはりはっきりと言葉にされると、落胆しないわけにはいかなかった。
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