ビューティフル・ワールド

口元に運ぼうとしたスプーンから、ひとすじ緑色の水が伝って、白い指先を染めた。

りらはそれに気づかず、ぼうっとしている。考えているのだろうか。ただ放心しているだけのようにも見えた。柳瀬はその甘美な緑色の水を、ほっそりとした指といっしょくたに舐めたい衝動にかられる。

りらに出会ってから、自分はあらゆる衝動と、様々な欲望に頭も身体もはち切れそうに満たされ、かき回され、今にも自分から轟音をたてて溢れ出しそうだ。

十代の頃だったら、すべて決壊し、身体と心がバラバラになって、狂いだしていたかもしれない、と思う。
だが、今自分が大人であることに彼は心から感謝した。彼女とあまりにも早く出会わなかったことを幸運だったと思う。

けれど、それでも。今、何を制御して、どれをぶつけるべきなのか、もう判別しづらくなってきている。

「必死なんだ、俺」

顔を上げたりらと目があった。その透き通った瞳から何かを読み取ることはできない。
今まで彼が願った通り彼女が彼について何か考えていたとしても、今目が合った瞬間、彼女は反射的にまた、いい男だな、などと思って結局その一点でしか彼の存在を認識していないのかも知れない。
弱々しいほほ笑みを口元に浮かべて、柳瀬は立ち上がった。

「ご馳走様」

自分が舐めずに指に張り付いたその緑色のシロップに彼女が気づくのはいつだろう。
自分がこの部屋を出たあと、彼女はすぐさまそのべたついた指で筆を握ってキャンバスに向かうのだろうか。ふと不快感にかられて水で洗い流すだろうか。気づくことなくそのままベッドに入るだろうか。その指を舐め、甘さにほほ笑みながらまどろみに落ちてゆくのだろうか……

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