ビューティフル・ワールド
エピローグ


「柳瀬さあん、待ってくださいよー」

情けない声が背後から追いかけてきて、柳瀬は盛大にため息をついて足を止めた。

「足腰ガタガタなんですよ。あんなに働かされた後なんだから、ちょっとは労って下さいよ。」

大久保が追いついて、恨みがましそうに言う。

「お前、本当に変わらないな…」

柳瀬がりらと大久保に出会ってから一年近く経っていた。夏がまた近づいてくることを思い知らせるかのような湿気と大久保に、柳瀬はほとほとうんざりした。

大久保は、柳瀬から一部始終を聞いた伊東愛美に拾われ、ギャラリーメイユールに入り、あろうことか柳瀬の下についてアシスタントをしている。柳瀬は事実上、教育係を命じられたわけである。

「だって可愛いんだもの、あのお坊っちゃん。」

伊東は妖しい笑みを浮かべてそう言った。
げんなりした顔の柳瀬に、それに自分の罪を深く悔いた者は強くなるのよ、とも。

伊東は大久保に何かしらの可能性を感じているらしいが、彼は本当にただの素人だった。親戚のギャラリーに籍を起いていただけで、仕事らしい仕事はしておらず、給料という名のお小遣いを貰って生活していたらしい。
信じられないほど美術に関しては無知で、甘ったれで、一緒に仕事をするには最低の人材だった。

とはいえ、どうやら人に可愛がられる才能はあるようで、その屈託のない笑顔は受けがいい。
人に好かれると、人に呼ばれる。あちこちに顔を出すのは、社会経験としても、人脈を作る上でも有益だ。

今日も、直接メイユールには関係ないのに、大物画家のプライベートな新作絵画の整理という名の大掃除に駆り出されていたのだ。
仕方なく、柳瀬も途中から手伝うことになった。
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