ビューティフル・ワールド
不本意ではあったが、やはり美術展に並ぶ予定の絵をいち早く見られるのは楽しかったし、大久保も勉強になっただろう。
「雨、降りそうですよね。天気予報じゃ今日は大丈夫って言ってましたけど。いよいよ梅雨かなあ。」
空を見上げる大久保の言葉に、ああそうだ、と柳瀬は手にしていたビニール傘を差し出した。
「これ、お前にって。」
「え? くれるんですか?」
大久保は怪訝そうな顔をして受け取り、しげしげとその傘を見た。ずいぶん凝ったビニール傘だ。細かな部品にもそれぞれ色がつけられ、柄もクリスタル調のプラスチックをベースに色づいている。
この色合いはまるで、と思ったところで、大久保ははっと気がついた。
「え、まさか、これって…」
まだ雨は降っていないのに、慌てて傘を開く。
途端、閉じ込められていた色がきらきらと零れ出し、大久保は息を飲んだ。
一面薄く透ける白に覆われたビニール地に、色が中心から裾へ向かって溶け出すように広がり、滴っている。
それは、虹色の雨が傘に落ちて滑っていくようにも、薄明るい空に訪れた流星群のようにも、見えた。
それをさし、口をぽかんと開けて見惚れていた大久保は、やがて込み上げてくる涙を堪えようともせず、泣き出した。
「茅野、さん…」
泣きながら何度も呼んだ。
茅野さん、茅野さん、茅野さん…
「…信じられないよな、まさか、ビニール傘なんて。」
柳瀬が穏やかに笑って語りかけた。